披雲閣


高松が松平藩であった頃、第2代藩主頼常によって城内に披雲閣と呼ばれる御殿が建てられた。
藩主の住居と藩の政庁兼ねて使用されていたが、明治5年に老朽化のため取り壊された。
其の後大正3年5月〜同6年4月に松平家第12代当主松平頼壽によって2代目の披雲閣が完成され、
庭園は初代披雲閣時代の者を元に大正5年に枯山水の庭園(6千坪)が整備された。
又、披雲閣建築の総工費は当時の額で約18万円余の巨費が投じられている。

大正11年の陸軍特別大演習の際には大本営として使用すると共に摂政官殿下が御行啓、御宿泊され、
翌12年には久邇宮良子女王が御宿泊された。
其の後も英国皇太子殿下や皇族、華族の方々が御宿泊された。

庭園には大正11年に摂政官殿下が、大正12年に御婚約中の久邇宮良子女王が御手植えになった松がある。

現在は玉藻公園(高松城址)として公開されている。


披雲閣正面全景


披雲閣大書院


披雲閣槙の間


披雲閣松の間


摂政官殿下と久邇宮良子女王御手植えの松





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