大正カフエー事情

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そもカフエーとは如何なる物であるか(大正14年第1版・昭和6年第82版『廣辭林』より)
カフエー[Cafe']
珈琲店。軽便西洋料理店。

きっちゃてん[喫茶店]
来客の求めに応じて、紅茶・珈琲などを供する軽便なる店。


此の両者の違いはカフエーが仏蘭西に端を発し酒類を取り扱うのに対し、
喫茶店は英吉利に端を発し酒類は取り扱わないと云うところである。


カフエーの誕生 明治45年日本初のカフエー『カフエ・プランタン』が銀座に開店。
大正のカフエー 大正元年以降プランタン、パウリスタなど、数々のカフエーが誕生。 更に一般大衆の経済能力の上昇に伴って欧州式のモダンなカフエーが数多く誕生。 大正14年東京市内で働く女給の数2万8千人。
カフエーのメニュー 珈琲 (5銭:元年 サンドウィッチ 麦酒 菓子 (5銭:元年 大正9年、カフエーパウリスタでは新商品伊太利式肉饅頭を開発 写真は同年5月27日、日劇女優を招いて行われた試食会の様子。
震災直後の舞台女優とカフエー 舞台協会女優連の経営する『カフエーステージ』の店開き 掲載された雑誌は東京今川橋(神田区南乗物町3番地)の歴史写真会発行の 「歴史写真」1923(大正12)年12月号(第125号)です (雑誌のタイトル自体は、まず間違いは無いかと思いますが、 表紙が千切れておりますので号数等はおそらくこの号であろうと言う程度であります)。 上に掲載した写真中央の女給さんが、岡田嘉子さんその人であります。 来客の身だしなみに較べて、床面にごみが散乱していたりするあたり、 同年9月1日の大震災から復興しかけた時期の雰囲気は出ているかとは思いますが、 通常のカフェとはかなり趣の異なるものと思います。 また、この大震災により多くの劇場が壊滅した関係で 活動の場所を失った彼女達舞台女優の方々が糊口をしのぐためにこのような事をされたのだろうと思いますが、 比較的珍しいものではないかと思っております。 なお、この翌年、岡田嘉子は活躍の場を求めて日活の専属女優となっており、 舞台協会時代の最後の時期の写真と言うことになります (彼女の名を有名にしたソ連への亡命は1938年です)。 近代世界艦船辞典The Naval Data Baseのhush様よりご提供いただきました。
カフエーと歌謡曲 『洒落男』滑稽歌
カフエーと流行 流行語  『白蓮する』 大正10年の柳原白蓮の不倫事件より流行。 意味はそのまま、『浮気をする』。 『白蓮しない?』などと云う風に使い、大流行した。 本の上のカフエー 『多情仏心』   大正11年、里美クによって『時事新報』に連載。   東京銀座で一番コーヒーが美味しいといわれていたカフエー『ユーロップ』が登場 『エプロンの女』   帝国海軍(大正15年4月号)掲載の寄稿小説。   作者は特務艦兒島 長野松風。   カフエーの女給に惚れた主人公が翻弄される様を描き、カフエー遊びを戒めている。   当時のカフエーの水商売としての一面が見て取れる作品である。


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