西暦/年号 皇紀/干支 | 月日 | 出来事 | 内容 | 総理大臣 |
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1912 大正元年 2572 壬子 | 7月30日 | 明治天皇崩御 大正天皇御践祚 | 第123代天皇 御名 嘉仁 | 桂太郎 |
7月30日 | 改元の詔書発布 | 枢密顧問審議の結果『大正』に可決。 『大正』は『易経』にある「大亨以正天之道也」に由来。 |
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8月29日 | 海軍兵学校規則改定 | 「修業期間ハ之ヲ三学年ニ分ケ、 第一学年ハ九月十一日ヨリ翼十二月末日ニ至リ、 第二、第三学年ハ一月一日ニ始マリ十二月末日ニ終ル」 |
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8月 日 | 乃木大将英国勲章受領 | |||
9月 日 | 草津興業株式会社社名変更 | 草津軽便鉄道株式会社となる | ||
9月 日 | 乃木大将英使節接伴員を務める | 英国国王陛下名代コンノート親王殿下の接伴員。 | ||
9月13日 〜15日 | 明治天皇の大喪の儀 | 東京青山葬場殿で挙行。この間半旗の礼。 絵葉書1 絵葉書2 |
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9月13日 | 乃木大将殉死 | 陸軍大将伯爵乃木希典、静子夫妻、明治天皇に殉死 | ||
9月26日 | 恩赦令公布 | |||
10月 日 | 帝都訪問飛行 | 航空水準引き上げのため、国民の航空機に関する関心を高めようと、 徳川好敏操縦将校が所沢飛行場から帝都へ向けて飛行した。 青山御所でご観覧になられた大正天皇は、 この様子を先帝存命中に見ていただけば、 きっと満足してくれただろうと云うような感想をもらした。 |
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10月5日 | 飛行場建設 | 追浜に東西200m、南北600mの飛行場を建設。 | ||
10月7日 | 潜水母艦『駒橋』起工 | |||
11月8日 | 登山鉄道線敷設工事着手 | 小田原電気鉄道株式会社(現箱根登山鉄道) 湯元―強羅間着工 |
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11月11日 | 大演習観艦式 | 横浜沖で行われ、観閲官は、天皇陛下。御召艦は筑摩。 参加 | ||
11月17日 | 大正天皇所沢行幸 | 大正天皇が所沢飛行場に行幸、飛行演習を統監。 | ||
11月21日 | 戦艦『比叡』進水 | |||
11月22日 | 朝鮮2個師団増設案提唱 | 閣議において上原陸相より陸軍予算の整理余剰金を持って2個師団増設計画(配置は朝鮮)が提唱される。。 | ||
11月30日 | 朝鮮2個師団増設案否決 | 閣議により、財政の緊縮及び均衡を図るため、陸軍の整理余剰金を新規経費に当てるのは不当であるとして否決。 | ||
11月 日 | 出火場通行鑑札所持者に対する注意 | 東京壁職業組合総事務所より。 同年10月警視庁より注意を受けたため心得所を配布。 鑑札は火事場の土蔵保護二十時する組合員が使用する通行手形。 |
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12月2日 | 上原陸相辞職 | 上原陸軍大臣が単独辞表提出。 原因は、朝鮮2個師団増設の否決。 |
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12月5日 | 西園寺内閣総辞職 | 陸相後任難が原因。 | ||
12月18日 | 東武鉄道一部複線化 | 鐘ヶ淵〜北千住間の3.2kmを複線化。 | ||
12月21日 | 第3次桂内閣成立 | |||
12月21日 | 斎藤実大将海軍大臣再任 | 第3次桂内閣海軍大臣に斎藤実大将が再任。 | ||
12月5日〜 | 少尉候補生宇垣纏練習航海へ | 後のGF参謀長宇垣纏海軍中将。 豪州への練習航海、『吾妻』乗り組み。 |
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月 日 | 南極上陸 | 白瀬矗中尉を中心とした探検隊が、ロス棚氷より上陸。 大和雪原などと命名。 |
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月 日 | 麦酒瓶王冠本格使用開始 | 麒麟麦酒で瓶詰めに王冠の使用開始。 | ||
月 日 | 足尾銅山機械化推進 | 坑外にコンプレッサーを設置すると共に削岩機の使用を開始。 | ||
月 日 | 小樽にガス会社が営業開始 | |||
月 日 | 小樽にて初のスキー公開 | |||
月 日 | 大正座完成 | 茨城県龍ヶ崎町の商店主が株式製で開業した芝居小屋。 東京の明治座を参考に回り舞台、花道、せり出し、奈落などの本格設備を備えた。 芝居以外にも各種色物や活動写真の興行も行われた。 |
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月 日 | 友愛会結成 | 労使協調主義を掲げる労働団体 | ||
12月 日 | 富山市立図書館新築 | 富山市立図書館を富山城址二階櫓門跡に新築移転 | ||
12月15日 | 千葉県営大原大多喜人車起動開業 | |||
12月31日 | 足尾鉄道開業 | 桐生−足尾間 | ||
月 日 | 堤商会自動缶詰製造機導入 | 堤商会(現日魯漁業)が米より自動缶詰製造機を導入 |
1914 大正3年 2574 甲寅 | 月 日 | 鈴木貫太郎、海軍次官就任 | あだ名は『鬼貫』 | 山本権兵衛 大隈重信 |
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1月 日 | 『海軍軍歌』公布 | 新作軍歌と既成軍歌を纏めたもの。 | ||
1月11日 | 櫻島噴火 | 櫻島が大噴火し、島民は避難。 此噴火により、櫻島と鹿児島が地続きに。 |
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1月11日 | 木村・徳田両中尉記念塔完成 | 「やまと新聞」が義捐金を募り、 両中尉の墜落地点に記念碑を建てた。 |
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1月20日 | 潜水母艦『駒橋』竣工 | |||
1月21日 | 委員長任命 | 潜水艇型式等に関する調査委員会、 委員長に小栗孝三郎氏を任命。 |
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1月23日 | シーメンス事件 | 衆議院予算委員会で、 独シーメンス社から海軍高官への贈賄の件で政府を攻撃。 |
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1月28日 | 査問委員会召集 | シーメンス、シュッケルト会社事件に関する査問委員会。 委員長は出羽重遠大将。 |
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1月30日 | 海軍礼砲令制定 | 此れに伴い海軍礼砲条例廃止。 | ||
2月10日 | 海軍礼式令制定 | 此れに伴い海軍敬礼式廃止。3月1対施行。 | ||
2月12日 | 海軍軍属礼式制定 | 軍人に準じ各高等等級に応じ海軍礼式令により行う。 3月1日施行。 |
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2月12日 | 海軍訪問規則制定 | 3月1対施行。 | ||
2月23日 | 査問委員会解散 | |||
2月25日 | 軍艦進水規則制定 | |||
2月26日 | 海軍服制改正公布 | 武官の識別線を規定。3月1対施行。 | ||
2月10日 | 海軍服装令公布 | 武官の服装を正装・礼装・通常礼装・軍装の4種とする等。 3月1対施行。 |
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3月1日 | 大津電車軌道開業 | 浜大津―膳所間にて開業 | ||
3月 日 | 川ノ谷重油タンク完成 | 佐世保鎮守府、川ノ谷重油タンク(3号)完成。 | ||
3月8日 | 近江鉄道開業 | 高宮―多賀間にて開業 | ||
3月13日 | 旅順要港部条例制定 | 旅順鎮守府を廃止し、旅順要港部を設置。 | ||
3月20日 | 東京大正博覧会開幕 | 場所は、上野恩賜公園。 | ||
3月24日 | 山本内閣総辞職 | シーメンス事件の責任をとって総辞職。 | ||
3月28日 | 戦艦『扶桑』進水 | |||
4月1日 | 海軍工機学校廃止 | 教育は海軍機関学校で継承。 | ||
4月1日 | 南薩鉄道営業開始 | 開業区間は伊集院−伊作。 ドイツ製機関車3両、四輪客車8両、貨車17両 |
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4月11日 | 昭憲皇太后薨去 | |||
4月16日 | 第2次大熊重信内閣成立 | 海軍大臣、八代六郎中将就任。 | ||
4月22日 | 海軍軍令部長に 島村速雄中将就任 | |||
4月24日 | 海軍制度調査委員会設置 | 委員長は鈴木貫太郎少将。 | ||
4月27日 | 委員長任命 | 無線電信調査委員会、 魚形水雷改良調査委員会、 線水艇型式等に関する調査委員会、 委員長に中野直枝氏を任命。 |
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5月1日 | 東上、新区間営業開始 | 東上鉄道(株)池袋〜田面沢間33.5kmが営業開始 | ||
5月10日 | 南薩鉄道延伸 | 伊作−加世田間開業 | ||
5月27日 | 宇垣纏『伊吹』乗り組み | 巡洋戦艦『伊吹』、特別南遣支隊所属。 | ||
5月29日 | シーメンス事件に関する 海軍軍法会議 | 松本和中将に有罪判決。 | ||
6月 日 | 九州金田炭坑瓦斯爆発 | 死者63名 | ||
6月02日 | 防務会設置 | 大隈首相を議長とし、外相、蔵相、陸相、海相、参謀総長、海軍軍令部長を議員とし、国防計画(特に陸軍2個師団増設と海軍の建艦計画)を審議する。 | ||
6月18日 | 原敬政友会総裁就任 | |||
6月23日 | 防務会議規則公布 | 内閣総理大臣の監督に属し、 陸海軍備の施設に関し重要な事項を検討。 |
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7月10日 | 八四艦隊案承認 | 所謂八四艦隊案を棒無会議に提出、承認。 | ||
7月10日 | 艦隊平時編成制定 | 12月1日施行。 | ||
8月2日 | 東武、新区間開通 | 佐野線館林〜佐野町間9.0kmが開通。 | ||
8月4日 | 戦艦『比叡』竣工 | 我国初の国産巡洋戦艦(金剛型二番艦) | ||
8月15日 | 富士屋自動車株式会社成立 | 資本金は5500円 初代社長は山口正造 |
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8月20日 | 強羅公園開園 | 箱根強羅に作られた本格洋式庭園 | ||
8月20日 | 小田原電気鉄道貸別荘開業 | 開業戸数は6戸 | ||
8月16日 | 艦隊・軍隊等の新聞紙掲載禁止 | 新聞紙法第27条により 艦隊・軍隊の進退その他軍機軍略に関する事項を 新聞紙に掲載することを禁止。 |
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8月18日 | 臨時航空隊編成 | 所沢飛行場に臨時飛行隊を編成 | ||
8月20日 | 強羅園開園 | 現在の強羅公園 | ||
8月21日 | 二巡洋艦共同決定 | 巡洋戦艦『伊吹』と軽巡『筑摩』を、 対独作戦に関し英東洋艦隊に共同させることに決定。 |
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8月23日 | 運送艦『若宮丸』改装 | 横須賀工廠で水上機搭載設備を装備し、『若宮』と改称 | ||
8月23日 | 第一次世界大戦始る | 対 英・仏・露・伊・日・米・中・白 |
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8月23日 | 対独宣戦布告 | |||
8月23日 | 海軍軍令部条例改定 | 大本営を置かざる場合は、 作戦に関することは海軍軍令部長が、 此れを海軍大臣に伝達す。 |
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8月24日 | 我国初の航空機実戦参加 | 中国山東省に臨時航空隊が出撃 | ||
8月28日 | 捕獲審検所及び 高等捕獲審検所を開設 | |||
9月 日 | 小樽初の乗合自動車営業開始 | 北海道小樽にて小樽自動車(株)による小樽初の乗合自動車が営業開始された。 | ||
9月2日 | 陸軍山東省上陸 | |||
9月2日 | 陸戦隊山東省上陸 | 同日上陸の陸軍を援護。 | ||
9月3日 | 陸戦銃砲隊青島へ | 海軍陸戦銃砲隊(指揮官正木義太中佐)を編成し、 青島上陸作戦に従事。 |
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9月9日 | 臨時軍事費特別会計法公布 | 大正13年までに陸海軍合わせて8億8166万余円の支出。 | ||
10月1日 | 頚城鉄道黒井―下保倉間開通 | |||
10月2日 | 東京駅完成 | ルネッサンス様式の三回建て、その規模は東洋一。 | ||
10月5日 | 海軍省官制改正 | 参政官・副参政官の設置、 なお、管理又は参与すべき事項は軍機・軍令に関係しない物に制限。 |
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10月6日 | 海戦法規制定 | 帝國軍艦の戦時における権利 及び行使しうる権限等について規定。 |
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10月16日 | 東武、新区間開通 | 佐野線佐野町〜佐野間2.5kmが開通 同時に佐野〜葛生までの軌道改軌を行い、 館林〜葛生間の直通運転を開始。 |
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10月18日 | 『高千穂』撃沈さるる | 膠州湾にて独水雷艇の攻撃により、 巡洋艦『高千穂』が撃沈さるる。 |
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10月19日 | 独領南洋諸島占領 | 赤道以北の独逸領南洋諸島占領。 委員長に小栗孝三郎氏を任命。 |
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10月 日 | 上武鉄道、新区間開業 | 上武鉄道株式会社(現秩父鉄道株式会社) 藤谷淵(長瀞)〜大宮(秩父)間12.5kmが開業。 |
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10月24日 | 湖南鉄道乗合自動車営業開始 | |||
11月 日 | 北海道文珠炭坑瓦斯爆発 | 死者16名、重軽傷13名 | ||
11月 日 | 北海道新夕張炭坑瓦斯爆発 | 死者423名、重軽傷25名 | ||
11月1日 | 万字線開業 | |||
11月3日 | 在郷軍人への勅語 | |||
11月7日 | 中国方面占領地拡大 | 膠州湾、青島、膠済鉄道前線を占領。 | ||
11月7日 | 青島陥落 | 青島島遂に陥落 | ||
11月28日 | 艦隊令制定 | 艦隊条例廃止 艦隊は軍艦2隻以上をもって編成し、 必要に往時駆逐隊・艇隊・潜水艇隊 又は駆逐艦・水雷艇・潜水艇を編入し、 港務部・防備隊・工作船・運送戦・病院船等を付属す。 12月1日施行 |
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12月 日 | 北海道臼威炭坑瓦斯爆発 | 死者422名、重軽傷1名 | ||
12月 日 | 九州方城炭坑瓦斯爆発 | 死者687名 | ||
12月10日 | 青函航路鋼製艀「車運丸」運行開始 | 青函航路に車両航送用艀「車運丸」運行開始 | ||
12月18日 | 東京中央停車場開業 | 東京駅と命名。 | ||
12月25日 | 衆議院予算会議 | 軍艦建造費を可決、陸軍2個師団増設案否決。 | ||
月 日 | 協心会設立 | 東京左官職組合役員(総代以上)によって設立。 役員相互の親睦を計り慶弔、毎月の無尽講を行う。 大正12年の大震災にて休止、後解散 |
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月 日 | 東上線開通 | 池袋−川越間 | ||
月 日 | 札幌に大日本麦酒直営ビヤホール開業 | 札幌狸小路に大日本麦酒の直営ビヤホール開業。 | ||
月 日 | 息吹山スキー場開設 | 近江鉄道によって息吹山に関西初のスキー場が開設 | ||
月 日 | 滋賀県内初飛行 | 滋賀県沖野原にて荻田常三郎が県下初の飛行を行う | ||
月 日 | 足尾鉄道延伸 | 桐生−本山間開通 | ||
月 日 | 足尾式削岩機完成 | 国産第1号の削岩機。 足尾式3番型が完成する。 |
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月 日 | 小樽に上水道完成 | |||
月 日 | 小樽運河工事着手 | |||
月 日 | A handbook of Figure翻訳 | 川久保子朗が『A handbook of Figure』(米国人ジョージ・ブラウン著)を入手して翻訳 | ||
月 日 | ノルウェー式スキー術指導開始 | 北欧留学より帰国した北大水産学部遠藤吉三郎教授が、習得したノルウェー式のスキー術の指導を開始。 学生を中心に指導を行うと共にスキージャンプ台の建設を主張。 |
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月 日 | カムチャッカ西岸沖サケ・マス流網試験成功 | 東京水産講習所練習船雲鷹丸がカムチャッカ西岸沖でサケ・マス流網の試験を行い成功。 以降、漁業会社による母船指揮流網漁業の試験調査が実施される。 |
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月 日 | 丸瀬布特別教授所開所 | |||
月 日 | 遠軽村に家庭学校設立 | 少年救護院東京家庭学校社名淵分校 | ||
月 日 | 別所文庫設置 | |||
月 日 | 日本武尊千八百年祭 | 景行天皇43年(西暦113年)に日本武尊が亡くなって白い鳥になり、天に昇ったときから数えて1800年に当るため、熱田神宮で日本武尊千八百年祭を執り行う。 |
1915 大正4年 2575 乙卯 | 月 日 | 米内光政、露西亜駐在 | 大使館附武官補佐官として派遣。 | 大隈重信 |
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月 日 | 宇都宮軽便鉄道株式会社設立 | 鶴田−荒針間で石材輸送を開始 | ||
2月 日 | 我国初の郵便飛行 | 陸軍のモーリスファルマン機が、所沢-大阪間を郵便飛行 | ||
3月25日 | 第12回総選挙 | 獲得議席は以下の通り。 同志会150、政友会104、国民党27、中正会35、無所属団(大隈伯後援会中心、与党寄り)65、無所属9 |
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4月 日 | 本州東見初文珠炭坑海底陥没 | 死者235名 | ||
4月 日 | 飛行船『雄飛号』完成 | 所沢飛行場内に設置された臨時軍用気球研究会付属工場にて、新飛行船『雄飛号』が完成 | ||
4月 日 | 大礼使設置 | 大礼使総裁 大勲位功二級伏見宮貞愛親王 同長官 正二位勲三等公爵鷹司熙通 同御用掛 細川潤次郎、伊藤巳代直 同次官 内閣書記官長江木翼、宮内次官石原健三 |
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4月15日 | 武蔵野鉄道、池袋〜飯能間開業 | 現西武鉄道池袋線 | ||
4月18日 | 井上馨園遊会開催 | 興津の旅館水口屋において井上馨が園遊会を開く。 | ||
4月19日 | 戦艦『榛名』竣工 | 民間造船所に委託された巡洋戦艦第一号。(金剛型三番艦) | ||
月 日 | 東久留米駅開設 | 現西武鉄道池袋線東久留米駅。当時は、久留米村だった。 | ||
5月 日 | 宇垣纏、婚約 | 坂知子(18歳)と婚約。 | ||
5月 日 | 富山物産陳列館新築 | 富山城址旧二の丸付近に富山物産陳列館新築 | ||
5月6日 | 戦艦『日向』起工 | |||
5月10日 | 戦艦『伊勢』起工 | |||
5月11日 | 宇垣纏、初めての手紙 | 坂知子から初めての手紙がきた。。 | ||
5月16日 | 小田原電気鉄道3階級制廃止 | 1等〜3等の3階級制を廃止し、特等と並等となる。 | ||
6月12日 | 邦文タイプライター特許取得 | 取得者は、杉本京太ら。 | ||
7月5日 | 東武、旅客休止 | 佐野町〜越名間5.0kmの旅客営業を休止。 | ||
7月22日 | 草軽軽便鉄道開通 | 新軽井沢〜小瀬温泉が開通し、営業開始。9.985km | ||
7月30日 | 大隈首相辞表提出、留任 | 大浦内相の議員買収問題に伴う監督不行届の責を負い、辞表を提出するも優諚を拝して留任。 加藤外相、若槻蔵相、八代外相は閣員連帯責任を主張し辞職。 |
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8月23日 | 京都二中優勝 | 大阪毎日新聞主催全国中等学校野球大会 延長13回、京都二中、秋田中を降し優勝 |
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8月24日 | 新潟県高田に活動写真館「世界館」開業 | |||
9月1日 | 井上馨侯爵死去 | 享年81歳 | ||
9月8日 | 野口博士凱旋 | 帰国した野口英世博士が故郷会津猪苗代に凱旋。 翁島駅にアーチが作られ、沿道に約800人が集まった。 |
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10月 日 | 海軍監獄移設 | 佐世保鎮守府、海軍監獄を福石に移設。 | ||
月 日 | パナマ太平洋万国博覧会開催 | サンフランシスコでパナマ太平洋万国博覧会開催。 堤商会(現日魯)がレッドサーモン缶を出品、名誉大賞牌受賞。 |
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11月3日 | 戦艦『山城』進水 | |||
11月4日 | 超弩級戦艦『扶桑』竣工 | 我が国初の超弩級戦艦 | ||
11月10日 | 21箇条の要求 | 中国の反日感情爆発 | ||
11月10日 | 大正天皇御即位の大礼 | 京都御所にて挙行 | ||
11月10日 | 御大礼特別観艦式 | 横浜沖で行われ、観閲官は、天皇陛下。御召艦は筑波。 参加隻数(トン数)は124隻(598,848)。航空機参加数は9機。 |
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月 日 | 御大典記念煙草発売 | 煙草専売化後初の記念煙草として口付煙草八千代が発売される。 | ||
12月10日 | 所沢に航空大隊設立 | 内わけは飛行中隊と気球中隊 後に航空第1大隊に改称 |
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12月13日 | 宇垣纏中尉任官 | 水雷学校普通化学生。 | ||
12月25日 | 剣術教範発行 | 改訂版『軍令陸第16号剣術教範』発行 内容は銃剣術、両手・片手軍等術 |
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12月21日 | 八坂丸撃沈される | 日本郵船『八坂丸』が、独潜水艦に撃沈される。 | ||
月 日 | 川越町立図書館創立 | |||
月 日 | シトロンをリボンシトロンに改名 | 大日本麦酒の清涼飲料『シトロン』を類似品続出のため『リボンシトロン』に改名。 | ||
月 日 | ナポリン発売 | 大日本麦酒より清涼飲料『ナポリン』発売 | ||
月 日 | モルトコーヒー発売 | 大日本麦酒より『モルトコーヒー』発売 | ||
月 日 | 日本初の民間飛行場開設 | 滋賀県八日市沖野原に日本発の民間飛行場開設 | ||
月 日 | 足尾銅山新選鉱法試験成功 | |||
月 日 | 足尾銅山大煙突完成 | 精錬所の大煙突が完成。 | ||
月 日 | 新梨子火力発電所完成 | 足尾銅山の電力供給用 | ||
月 日 | 小樽にて町名番地改正 | 区内を52町2公園に改正 | ||
月 日 | 千島での根拠地捕鯨実施 | |||
月 日 | 大島灯台点火 | |||
月 日 | 遠軽消防組結成 | 仏製腕用ポンプ1台を装備 |
1919 大正8年 2579 己未 | 1月 日 | 仏国航空団招聘 | フォール大佐率いる仏国航空団約60名を招き、所沢飛行場にて航空技術の指導を受ける | 原敬 |
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1月1日 | 息吹山気象観測所観測開始 | |||
1月10日 | 函館桟橋発足 | |||
3月1日 | 三・一独立運動 | 朝鮮での独立運動 | ||
3月 日 | 北海道間谷地炭坑瓦斯爆発 | 死者3名、重軽傷7名 | ||
3月 日 | 海共佐世保病院開院 | 佐世保鎮守府、海軍共済組合佐世保病院開院。 | ||
3月17日 | 下野軌道、新区間開通 | 大原〜下滝間の1.3kmが開通。 | ||
4月1日 | 遠軽村分村 | 上湧別村から遠軽村が分村し、2級町村制施行。 初代村長は宮城昌章 |
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月 日 | 遠軽消防組改組 | 遠軽村分村に伴い、遠軽消防組を2部制とする。 組頭以下50名の編成、腕用ポンプ車2両装備。 |
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4月 日 | 水雷団を佐世保防備隊に改称 | 佐世保鎮守府。 | ||
4月 | 関東軍司令部設置 | 関東都督府陸軍部より改変 泣く子も黙る関東軍 |
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4月15日 | 陸軍航空部創設 | 陸軍航空部本部及び補給部を創設 | ||
4月15日 | 陸軍航空学校創設 | 場所は、埼玉県入間郡所沢村。 教育部では、高等操縦術、機関工学/整備、 偵察、射撃、爆撃などを学生に教え、 研究部では、 機体、エンジン、装備品などの研究や実験、審査を行った。 |
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5月1日 | 駿遠電気株式会社設立 | 静岡・清水の融資が大日本軌道株式会社静岡支社を買収し、駿遠電気(株)を設立。 後の静岡鉄道 |
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5月4日 | 五・四運動 | 中国での反日運動 | ||
5月7日 | 皇太子御成年式 | 皇太子裕仁親王の御成年式 | ||
5月11日 | 駿遠電気株式会社設立 | 後の静岡電気鉄道→静岡鉄道。 | ||
6月 日 | 縦横クラブ創立 | 森傳等が創立した右翼団体。 | ||
6月1日 | 登山鉄道敷設工事完成 | |||
6月1日 | 登山鉄道営業開始 | 箱根湯本―強羅間 | ||
6月1日 | 富士屋乗合自動車営業開始 | 富士屋自動車、国府津―箱根間 | ||
6月28日 | 対独平和条約締結・大戦終結 | 国連規約、独の領土・倍賞・軍備 | ||
7月9日 | 御親閲式 | 横須賀沖で行われ、観閲官は、天皇陛下。御召艦は出雲。 参加隻数(トン数)は26隻(86,013)。 |
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8月 | 台湾軍司令部設置 | 台湾総督府陸軍部より改変 | ||
8月 日 | 遠軽大水害 | 鉄道築堤決壊、生田原川架橋流出、西区網羽の木材流出、学田地方の畑地と家屋1戸流出 | ||
9月18日 | 海軍兵学校創立五十周 | 海軍兵学校創立五十周年を迎へた。 | ||
9月19日 | 東京市電市ヶ谷見附外連絡線開通 | 九段上市ヶ谷見附内間の線路を市ヶ谷見附外まで延伸し、外堀線と連絡。 | ||
9月21日 | 坐魚荘落成 | 興津に建てられた西園寺公望別邸。 | ||
10月1日 | 下野軌道、新区間開通 | 大谷向今市〜新今市間の1.4kmが開通。 | ||
10月5日 | 東京市電新常盤橋−東京駅北口間開通 | 本石町新常盤橋間の線路を延伸し、新常盤橋を渡り東京駅北口にいたる路線。 同区間開通に伴い、動坂−東京駅北口間の直通運転を開始し、下谷浅草方面より東京駅行き便の利便性を向上。 |
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10月9日 | 海軍兵学校創立五十周式典 | 海兵47期卒業式並びに創立五十周年記念式を挙行。 | ||
10月10日 | 大日本国粋会創立 | 床次竹次郎等が創立した右翼団体。 | ||
10月11日 | 蜂須賀侯爵園遊会 | 貴族院議員蜂須賀正韶侯爵の主催により、芝区三田綱町の本邸において園遊会を開催。 内外の名刺1200余名が招待された。 |
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10月12日 | 日本赤十字支社京都支部総会 | 篤志看護婦人会京都支会を兼ねて平安神宮において開催。 総裁として閑院宮殿下、同妃殿下が台臨。 |
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10月14日 | 徳川公爵渡支 | 貴族院議長徳川家達公爵と同夫人は、北京日本公使館勤務の家正(長男)の訪問と支那視察のため東京駅を出発。 | ||
10月17日 | 中御門公爵渡欧米 | 貴族院議員兼式部官中御門経恭公爵は欧米各国皇室における儀典、外賓接伴法等に関する制度視察のため出張の命を受け、婦人を同伴し東京駅出発。 | ||
10月26日 | 伊藤公十年祭 | 伊藤博文暗殺から10年を向かえ、東京府大井町谷垂の墓所において十年祭が挙行された。 | ||
10月27日 | 大正婦人会託児所開所 | 東京府芝新網町新網稲荷境内に託児所を新築開所。 | ||
10月28日 | 大演習観艦式 | 横浜沖で行われ、観閲官は、天皇陛下。御召艦は摂津。 参加隻数(トン数)は111隻(624,180)。 航空機参加数は4機。航空機参加数は12機。 |
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11月 日 | 草軽軽便鉄道新区間開通、電化 | 吾妻〜嬬恋間が開通し営業開始。8.5km 之に伴い硫黄を主とする貨物物資が増加し、路線電化開始 |
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11月4日 | 萩野舎同窓会 | 麹町区平河町の鍋島侯爵別邸において開催。 萩野舎は明治の歌人中島歌子の在京門下の同窓会。 |
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11月8日 | 常磐会恤兵バザー | 女子学習院出身者の同窓会である常磐会では、シベリア出征軍慰問のため2日間に亘って小石川区砲兵工廠内後楽園旧館でバザーを開催。 | ||
12月 日 | 秋葉鉄道株式会社設立 | 秋葉馬車鉄道を合併できなかった(株)駿遠電気により設立。 本社は高尾(袋井)、客車20、貨車5、。 |
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12月1日 | 米内光政、軍令部参謀 | |||
12月1日 | 宇垣纏、『峰風』砲術長兼分隊長 | 一等駆逐艦『峰風』、艤装員。 | ||
12月27日 | 二等駆逐艦『樅』竣工 | 横須賀工廠にて建艦された日本独自設計の艦。 | ||
12月28日 | 下野軌道、新区間開通 | 下滝〜藤原間の3.7kmが開通。 | ||
月 日 | 南樺太の豊原に初の公衆電話 | |||
月 日 | 淡海女子実務学校開設 | 滋賀県にて塚本さとこが淡海女子実務学校を開設 | ||
月 日 | 足尾銅山に労組結成 | 足尾銅山で労働組合が相次いで結成される。 | ||
月 日 | 大日本鉱山労働同盟会デモ、スト実施 | 鉱山系最大組合である日本鉱山労働同盟会が労働時間の短縮や賃上げを要求してデモ、ストを実施。 全国の鉱山系労組に参加を呼びかける。 飯場制度廃止 |
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月 日 | 要塞整理要領決定 | 津軽海峡東西両口に30cm榴弾砲を新設 | ||
月 日 | 小樽港湾労働者ストライキ | |||
月 日 | 龍ヶ崎町立女子技芸学校改称 | 町立実科高等女学校となる | ||
月 日 | 龍ヶ崎農商銀行合併 | 龍ヶ崎農商銀行と龍ヶ崎貯蓄銀行が合併 | ||
月 日 | 興国同志会創立 | 杉慎吉が創立した右翼団体。 | ||
月 日 | 大島三原山火山活発化 | 三原山の噴火活動が活発化し、噴石丘の生成と崩壊発生。 | ||
月 日 | 武利殖民道路佐賀まで完成 | |||
月 日 | 北海道川湯・仁伏地域の開拓開始 | |||
月 日 | 東京軽便地下鉄道免許交付 | 冬季用軽便地下鉄道に地下鉄同免許が交付される | ||
月 日 | 東京市市営地下鉄計画立案 | 市内交通の統制の観点から地下鉄計画を立案。7路線72km。 | ||
月 日 | 日本電力(株)発足 | 黒部川の水力発電所開設を目指す | ||
月 日 | 友愛会改称 | 労働団体友愛会が日本労働総同盟友愛会に改称。 | ||
月 日 | ブリキ缶入り純栗ようかん完成 | 桜井甘精堂6代目桜井佐七が純栗ようかんをブリキ缶に収めることに成功。 | ||
月 日 | 三村工場にて腕木式信号機製造開始 | |||
月 日 | 北聯(現ホクレン)設立 |
1920 大正9年 2580 庚申 | 1月1日 | 『新青年』 『少年少女譚海』創刊 | 博文館より。 | 原敬 |
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1月 日 | 北海道若菜辺炭坑瓦斯爆発 | 死者33名、重軽傷23名 | ||
1月2日 | 日貨排斥禁止を発令 | 北京政府 | ||
1月4日 | 相模紡績スト | 神奈川県相模紡績の女工8000人が辞職者への同情スト。 | ||
1月7日 | 漢字整理案公表 | 文部省より、字形統一など。 | ||
1月8日 | 園池製作所スト | 園池製作所の職工260人が、 8時間労働制と組長選挙制の要求。 |
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1月10日 | 国際連盟成立、加盟 | 発案国亜米利加は加入せず 我国は常任理事国として加盟。 |
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1月14日 | 『森戸事件』起る | 『経済学研究』に発表したクロポトキン研究が、 危険思想とみなされて東京帝大教授 森戸辰男氏(31)が起訴された。 禁固二ヶ月の有罪判決。 |
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1月15日 | 国技館再建 | 場所は、東京、両国。開館式を行う。 | ||
1月 日 | 燕会結成 | 奈良県南葛城郡柏掖上村原区の有産階級者により結成された旅行会。 地方唯一の部落団体として部落開発に努め、後に水平社となる。 |
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2月 日 | 北海道空知炭坑瓦斯爆発 | 死者27名、重軽傷15名 | ||
2月 日 | 統計職員養成所開設 | 国勢院第一部統計職員養成所開設される。 | ||
2月1日 | 青函1、2便に急行料金設定 | |||
2月2日 | 初の女性車掌 | 東京市街自動車に乗務。 | ||
2月5日 | 近江鉄道新社長就任 | 阿部市三郎社長死去により小林吟右衛門が社長就任 | ||
2月14日 | 第一回箱根駅伝開催 | 主催は、報知新聞社。正式名称は、 『東都大学専門学校東京・箱根間往復130マイル駅伝競走』 参加校は、早稲田、慶応、明治東京高等師範学校。 優勝は、東京高等師範学校(15時間5分16秒) |
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3月10日 | 「大正三、四年従軍記章令」改正 | 「大正三年乃至九年戦役従軍記章」に 改められて授与されるようになった |
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4月 日 | 臨時国勢調査局廃止 | 同局の事務、職員は国勢院第一部に引継ぎ。 | ||
4月24日 | 米国実業家団来朝 | 鹿島丸にてヴァンダーリップ氏を団長とする一行が来朝。 | ||
4月27日 | 東武、東上合併決議 | 世界大戦の影響による物価騰貴で、東武、東上両社とも営業費の増加をきたした。 そこで両社を合併し、営業経費の削減と、車両運用、諸設備の改善をはかった。 |
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春 | 宮中某重大事件(発端) | 元老の山県有朋枢密院議長が久邇宮良子女王の担当医平井政遒氏より、 学習院で行われた体格検査にて、兄久邇宮朝融氏に色弱が発覚との噂を得る。 |
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5月2日 | メーデー | 日本初、最低賃金制・8時間労働制を要求。 | ||
5月4日 | 新任和蘭公使来朝 | 和蘭公使ゲレッフ氏夫妻と3令嬢が横浜に到着。 | ||
5月5日 | 鉄道省誕生 | 鉄道員から鉄道省へ。 | ||
5月5日 | 大日本婦人教育会第12回総会 | 猛威侯爵低において開催され、東伏見宮、梨本宮、久邇宮各妃殿下が台臨。 | ||
5月10日 | 新任伊大使来朝 | 伊太利大使パウルッチー・デ・カルボリ伯爵負債と秘書官ルソ男爵夫妻と共に横浜到着。 | ||
5月10日 | 大正婦人会米大使婦人送別会 | 大正婦人会主催の米大使婦人送別会を米大使館において開催。 | ||
5月10日 | 第14回総選挙 | 改正選挙法により有権者及び議員定数が増加。 獲得議席は以下の通り。 政友会231、憲政会158、国民党29、無所属46 |
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5月14日 | 臨時軍用気球研究会廃止 | |||
5月15日 | 女子薬学校遠足 | 埼玉県飯能へ。天覧山に登る。 | ||
5月15日 | 宮中某重大事件(憂慮) | 皇太子裕仁親王の妃に内定された久邇宮良子女王。 女王に色盲の遺伝子を持つ可能性がある事を、 元老の山県有朋枢密院議長、同西園寺公望、松方正義らが内談。 |
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5月15日 | 宮中某重大事件(直訴) | 久邇宮良子女王の父、邦彦王が婚約解消を迫る山県を抑えるため、 各方面への働きかけの一環として、皇后陛下に拝謁し直訴に及んだ。 |
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5月16日 | 東京社主慈善前音楽会 | 東京上野恩賜公園東京音楽学校において開催し、800余名が来場。 収入970円中収益金239円は全額瀧の川学園へ寄付。 |
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5月16日 | 東京高等工業学校記念祭 | 翌17日まで開催。 建築課では田園都市の模型を公開した。 |
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5月17日 | 跡見女学校遠足 | 埼玉県の所沢飛行場に飛行機を見学。 | ||
5月18日 | 東京府立第1高女遠足 | 横浜港投錨中の伏見丸を見学。 | ||
5月20 | 京華女学校遠足 | 鎌倉へ。 | ||
5月20日 | 日本赤十字社第28回総会及び篤志看護婦人会第9回総会 | 日比谷公園において開催され、皇后陛下の行啓を給う。 | ||
5月22日 | 愛国婦人会第19回総会 | 日比谷公園において開催。 | ||
5月27日 | カフエ・パウリスタ新メニュー招待会 | カフエ・パウリスタでは新メニューの伊太利式肉饅頭を売り出し、帝劇女優招待して振舞った。 | ||
5月29日 | 一等駆逐艦『峰風』竣工 | 第2艦隊第2水雷戦隊第2駆逐隊に編入。 | ||
5月29日 | 麹町高女生徒歩3見学 | 東京府の麹町高等女学校生徒が、歩兵第3連隊を見学。 | ||
5月30日 | 東洋婦人会懇親会 | 東京府渋谷の鍋島家農園において、台湾及び朝鮮からの留学生を招いて懇親会を開催。 | ||
5月31日 | 戦艦『陸奥』進水 | |||
5月31日 | 伊国飛行団到着 | 伊太利の飛行団マシエロ、フェラリン両中尉は1万マイルの飛行を経て、最終目的地の代々木連兵場に到着。 | ||
6月 日 | 北海道文夕張坑瓦斯炭塵爆発 | 死者209名 | ||
6月2日 | 海軍境界貴婦人招待会 | 海事思想の家庭への宣伝のため、築地水交社において開催。 | ||
6月3日 | 米内光政、欧州へ出張 | ポーランド、ベルリン駐在 | ||
6月10日 | 第一回『時の記念日』 | 西洋並みの時間間隔を身につけようと云う目的の元制定。 | ||
6月10日 | 日英同盟継続 | 内容は無改定。英国も同意。 | ||
7月3日 | 初の女性校長 | 宮崎県で全国初の女性校長が就任 | ||
7月10日 | 青函連絡船で鉄道電報取扱開始 | 青函間用無線電信通信設備が完成し、連絡船内鉄道電報取扱開始。 | ||
7月13日 | 川崎駅発砲事件 | 川崎駅停車中の京浜電車内で発砲事件。 犯人及び負傷した二名が逃走。 |
||
7月15日 | 函館本線駅名改称 | 大沼駅を軍川駅へ、大沼公園駅を大沼駅へ夫々改称 軍川の駅名は同地のアイヌ酋長イクサンタにちなんだとされる(アイヌ語のイクサップとも) |
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7月19日 | 戦艦『加賀』起工 | 戦艦として起工されるも、後にワシントン軍縮会議で廃艦に。 然し天城が大震災で大破したため替わって空母に改造されることとなる。 |
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7月27日 | 東武、合併登記 | 東武鉄道と東上鉄道の合併を登記。 | ||
7月28日 | 八八艦隊予算案可決 | 八八艦隊とは、 一艦隊を戦艦八、重巡八で結成する艦隊。 |
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7月31日 | 税法改正 | 所得税法、酒税法を増税して改正公布。 | ||
8月 日 | 北樺太保障占領 | 大正14年撤退。 | ||
8月 日 | 草軽軽便鉄道国境平駅開業 | |||
8月2日 | 駿遠電気、電車運転開始 | 静岡〜清水間の軌道改修、電車運転を開始。 | ||
8月4日 | 新潟県高田に四・九の朝市開設 | 高田須賀町で4と9のつく日に朝市を開催 | ||
8月23日 | 東武、新区間開業 | 葛生〜第二会沢間の4.4kmを開業。 | ||
8月26日 | 神戸海洋気象台開設 | 東京中央気象台の業務を分掌。 海流、地球磁力の観測と天気図、船舶の風雨警戒を担当。 |
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8月6日 | 多磨霊園建設決定 | 都市計画東京地方特別委員会が 共同墓地多磨霊園の建設を決定。 |
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8月21日 | 長坂憲兵司令官発言 | 長坂研介憲兵司令官による発言が新聞に掲載。 「今は憲兵が思想、労働問題に深くかかわる時。」 |
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9月 日 | 猶存社創立 | 大川周明、北一輝及び老壮会中国家主義者が日本主義を表明して創立した右翼団体。 大正12年に社内不統一のため解散。 |
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9月2日 | 大阪駅で火災 | 午前3時、荷扱い所引込線に停車中の貨車より出火。 石油等の貨物に燃え移り、貨車26両と倉庫6棟が灰燼に。 |
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9月23日 | 全国で鉛筆デー | 東京で開催される第八回世界日曜学校大会を控え、 日曜学校不朽の為、全国で100万本を2本10銭で販売。 |
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10月1日 | 第一回国勢調査実施 | 全人口76988379人。 | ||
10月8日 | 軍楽隊練習部を海兵団に設定 | 其れにともない教育科目改正。 練習生の名称が軍楽練習生から軍楽補習生に。 |
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10月10日 | 第五高等学校開校30周年記念式挙行 | |||
10月15日 | 19師 歩75,76軍旗拝受 | 第19師団歩兵75、76連隊が軍旗を拝受 | ||
11月11日 | 宮中某重大事件(医団見解) | 久邇宮良子女王の祖母が色弱であり、女王に色覚以上はないが、 色覚異常遺伝子を有し、皇位継承者に発症する可能性は5割。 この後、宮中・政界を巻き込む論争(政争)へと発展。 |
||
11月25日 | 超弩級戦艦『長門』竣工 | 世界初の40Cm砲搭載艦。姉妹艦は、『陸奥』。 | ||
11月 日 | 薩南自動車株式会社設立 | 加世田、万世を拠点に営業開始 | ||
12月 日 | 富山市役所移転 | 商業会議所と旧富山市役所の敷地を交換し、新築移転 | ||
12月6日 | 国府津―小田原町役場間軌道廃止 | 小田原電気鉄道株式会社(現箱根登山鉄道) | ||
12月6日 | 大型巡洋艦『赤城』起工 | 起工当初は大型巡洋間として建造するも、 後にワシントン軍縮条約で空母に改造される。 |
||
12月16日 | 航空母艦『鳳翔』起工 | 空母として設計された世界初の艦 | ||
12月17日 | 太平洋諸島委任統治 | 国際連盟が、独委任統治領だった太平洋諸島の、 赤道以南を日本の委任統治として認可。 |
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12月22日 | 浅間山大噴火 | 山火事や、降灰の被害大。 | ||
月 日 | 長野県松本高等学校開校 | 長野県松本市に官立松本高等学校が開校。 | ||
月 日 | 五日市―八王子間乗合自動車営業開始 | |||
月 日 | 古河商事経営危機 | 雑穀取引の大幅損失(5875万円)による。 | ||
月 日 | 足尾銅山鉱業所建屋売却 | 足利市へ | ||
月 日 | 山神社足尾銅山敷地内へ遷座 | 通洞坑に鉱業所が移設されたのにあわせ、簾の子橋山神社を通洞鉱山神社として遷座 | ||
月 日 | 日本スケート会設立 | 川久保子朗他により設立 | ||
月 日 | 海水使用カニ缶詰製造成功 | 富山県水産講習所練習船呉羽丸が西カムチャッカ沖で海水を使用したカニ缶詰製造に成功。 | ||
月 日 | 大化会創立 | 岩田富美夫が北一輝を中心とする青年部隊を率いて創立した右翼団体。 | ||
月 日 | 両切煙草ピース発売 | 欧州大戦集権記念煙草ピースが発売される。 | ||
月 日 | 遠軽村一般加入電話架設 | 一般加入電話の架設に伴い交換事務所を開設。 加入者は106戸。 |
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月 日 | 博多にて工業博覧会開催 | |||
月 日 | 東京軽便地下鉄同発起人総会 | 社名を東京地下鉄同株式会社に改称し、設立。 社長は古市公威 |
||
月 日 | 欅平上流水平歩道開削開始 | 黒部川水力発電所開発のため | ||
月 日 | 大谷石採掘場電動巻揚機使用開始 | 栃木県宇都宮の大谷石採掘場で石材搬出に電動巻揚機の使用開始。 |
1921 大正10年 2581 辛酉 | 月日 | 神谷ビル落成 | 電気ブランで有名です。 | 原敬 高橋是清 |
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1月1日 | 青森港北・西防波堤一部竣工 | 西防波堤に1,2便を係留 | ||
1月 日 | 大和民労会創立 | 八代大将等が創立した右翼団体。 | ||
月 日 | 山口多門、亜米利加駐在武官就任 | アメリカ駐在武官となり、プリンストン大学へ留学。 | ||
月 日 | 足尾銅山争議 | 全山ストが決行され、大量馘首に反対する馘首者家族大会を開催 団結権の保障等の条件を会社側が認めることで解決。 |
||
2月 日 | 雑誌種蒔く人創刊 | 小牧近江等による共産主義系雑誌。 | ||
2月 日 | 宮中某重大事件(世情不穏) | 過激派分子による山県暗殺(粛清)の噂が飛び交う。 | ||
2月10日 | 宮中某重大事件(宮内省発表) | 良子女王殿下東宮妃御内定の事に関し 世情種々の噂ありやに聞くも、 右御決定は何等変更なし |
||
2月11日 | 宮中某重大事件(世情不穏) | 過激派分子による山県暗殺(粛清)の噂が飛び交う。 | ||
2月28日 | 皇太子殿下東宮御学問所御修行 | |||
3月3日 | 皇太子殿下欧州御巡遊 | 巡洋艦『香取』に御乗艦になり、横浜港御出帆。 英・仏・ベルギー・蘭・伊の五国を御訪問。 |
||
3月 日 | 横須賀市外乗合自動車創立 | 合資会社。 | ||
3月 日 | 東京左官工業組合交友会設立 | 東京左官職組合員森田国太郎、富田善太郎両氏の斡旋と同組合の承諾により設立。 | ||
月 日 | 東京左官工業組合交友会 機関新聞『プラスター』発行 | 大正12年の大震災による廃刊まで継続 | ||
3月21日 | 山県有朋辞職 | 宮中某重大事件に関する政争の口火を切るも、 完敗し、全ての官職・栄位から辞職を表明。 「こころのうちの苦しさは、言の葉もなし』 |
||
3月30日 | 東海無尽燈 | 古川大航著 | ||
4月 日 | 小樽区立小樽高等女学校開校 | |||
4月 日 | 県産物陳列所改称 | 県商工奨励館に改称 | ||
4月1日 | 陸軍航空学校分校設置 | 陸軍航空学校の分校が下志津・明野に設置される | ||
4月14日 | 農商務省農事試験場改称 | 興津の農商務省農事試験場を農商務省園芸試験場に改称 | ||
4月16日 | 東武、一部複線化 | 武里〜杉戸間の9.9kmを複線化。 | ||
4月 日 | 北部鉄道、新区間開業 | 羽生〜行田間8.3kmが開業。 | ||
月 日 | 栃木県初のメーデー | 足尾にて開催 | ||
5月 日 | 日本海員組合結成 | 日本労働総同盟友愛会の会員部が総同盟の左傾化により脱退、会員団体を網羅して組織した労働団体 | ||
6月1日 | 京浜電気鉄道、貨物運輸開始 | 現京浜急行 | ||
6月1日 | 第五高等学校敷地熊本市編入 | |||
6月20日 | 三浦自動車株式会社創立 | |||
6月30日 | 二等潜水艦『呂号第51』竣工 | 呂51型(L1型) | ||
7月 日 | 舟橋聖一興津滞在 | 興津の水口屋旅館に滞在 | ||
7月9日 | 20師 騎28軍旗拝受 | 第20師団騎兵28連隊が軍旗を拝受 | ||
8月 日 | 暁民共産党結成 | 高津正道、近藤栄蔵等によって結成。 第三インターナショナルとの連絡はないが、本邦初の共産党。 |
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8月 日 | 「海の極みまで」出版 | 吉屋信子著 | ||
8月15日 | 西武鉄道創立 | 武蔵野鉄道を改称。 | ||
8月18日 | 浜松町車両工場火災 | 東京市電の車両15両が焼失。 焼失車両は1125,1128,1171,1180,1185,1195,1227,1251,1256,1287,1291,1318,1345,1355,1359. |
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9月3日 | 皇太子殿下、帰国 | 欧州外遊より帰国し、横浜に到着。 このときの映像が日本映画会社の35粍フィルムとして残っている。 |
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9月27日 | 所沢‐長春間大飛行 | 陸軍機(サムエルソン式)4機出発。 | ||
9月27日 | 閲兵式撮影許可 | 憲兵隊、閲兵式での撮影を始めて許可 | ||
10月 日 | 草軽軽便鉄道小代駅開業 | |||
10月5日 | 所沢‐長春間大飛行 | 陸軍航空学校より乙式1型偵察機により満洲の長春に剥けて渡洋飛行を敢行 3機脱落するも、 樋口正治中尉が我国初の海外飛行を成し遂げた。 所沢-長春は約2860q |
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10月20日 | 東武、一部複線化 | 草加〜越谷間の6.9km、 武州大沢〜武里間の5.1kmを複線化。 |
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10月24日 | 超弩級戦艦『陸奥』竣工 | 長門型二番艦。 | ||
10月27日 | 近江鉄道臨時株主総会 | 資本金を110万円から150万円に増資を可決 | ||
11月4日 | 原敬首相凶刃に倒れる | 東京駅内にて原敬首相が、中岡良一のより殺害される。 臨時首相に内田内相任命 |
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11月5日 | 閣僚辞表提出 | 原首相の暗殺を受け閣僚が辞表提出。 | ||
11月9日 | 第五高等学校長異動 | 第8代校長として溝渕進馬が任命される | ||
11月13日 | 航空母艦『鳳翔』進水 | |||
11月13日 | 高橋是清内閣成立 | 高橋首相兼蔵相の他、閣僚はすべて留任。 同日付で第4台政友会総裁就任 |
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11月14日〜 | 華盛頓(ワシントン)会議始まる | 海軍軍備制限と極東・太平洋問題 | ||
11月17日 | 戦艦『加賀』進水 | |||
11月25日 | 皇太子殿下、摂政就任 | 大正天皇疾患のため | ||
11月29日 | 初の日本式潜水艦 | 呉海軍工廠で、初の日本式潜水艦第44号の進水式。 | ||
11月30日 | 二等潜水艦『呂号第52』竣工 | 呂51型(L1型) | ||
12月 日 | 暁民共産党検挙 | |||
12月1日 | 宇垣纏、『金剛』副砲長兼分隊長 | 戦艦『金剛』、第1艦隊第2戦隊所属。 | ||
12月1日 | ケーブル線営業開始 | 小田原電気鉄道株式会社(現箱根登山鉄道)にて、 下強羅―上強羅間 |
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12月13日 | 四ヵ国条約調印 | 日米英仏 太平洋諸島の領土権益の相互尊重、問題の平和的解決。 日英同盟廃止。 |
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12月31日 | 初の国産乗用車 | 石川島造船所で、国産乗用車第1号完成。 祝杯によった運転手が電柱に衝突させた。 |
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月 日 | 筑摩鉄道松本-新村間開通 | 長野県に筑摩鉄道(上高地線)松本-新村間が開通。 | ||
月 日 | 特許制度改正 | 先願主義、出願広告制度、拒絶理由通知制度採用 | ||
月 日 | 合併で田西村となる | 東京府の菅生、瀬戸岡、原小宮、草花が合併して田西村となる | ||
月 日 | 江若鉄道新区間開通 | 三井寺下―叡山間開通 | ||
月 日 | 刑事交渉法公布 | |||
月 日 | 灯台レンズに国産使用開始 | 西郷岬灯台に国産レンズを取り付けられる。 灯台における本邦初の国産レンズの使用。 |
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月 日 | セーラー服が制服に採用される | 京都の平安女学院で国内で初めてセーラー服が制服として採用される。 | ||
月 日 | 雑誌前衛発行開始 | 共産主義宣伝のための理論雑誌 | ||
月 日 | 母船式カニ漁業の発展 | 函館の和島貞二が母船2隻で沿海州方面にカニ漁に出漁。以降母船式カニ漁業が急速に発展。 | ||
月 日 | 元町拓殖診療所設置 | 上湧別村 | ||
月 日 | 水平社結成 | 燕会の有産階級を追放し、部落解放運動を行う組織として結成。創立趣意書『良き日の為に』を全国に配布 | ||
月 日 | 三村工場にて転てつ機の製造開始 |
1922 大正11年 2582 壬戌 | 月 日 | 改四五式軍衣制定 | 四五式軍衣で、戦闘中目立つといわれた、 袖とズボンの赤いラインを廃止した。 | 高橋是清 加藤友三郎 |
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1月1日 | 大日本正義団創立 | 酒井栄蔵等が創立した右翼団体。 | ||
月 日 | 朝鮮内牛肺疫侵入 | |||
月 日 | 材料研究部設置 | 新壁材料研究の為東京左官職組合によって設置。 府立実科工業学校内に一室を借り府の嘱託事業となる。 翌年大震災により中止。 |
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月 日 | 駿遠電気、新区間開通 | 鷹匠町(現静岡)〜静岡駅前間開通。 | ||
1月 日 | 秩父鉄道電化工事竣工 | |||
1月10日 | 大隈重信死去 | |||
1月17日 | 新任デンマーク公使来朝 | 大正11年から新設の駐日デンマーク公使に任命されたエス・アイ・ホスト公使と同夫人が来朝 | ||
1月20 | 仏国特使ジョッフル元帥来朝 | 仏国より軍艦モンカルムにて特使ジョッフル元帥が来朝 | ||
1月21日 | 仏国特使国書法廷 | 仏国特使ジョッフル元帥は宮中に参内し、摂政殿下に国書を捧呈 | ||
1月21日 | 朝日山断髪式 | 大阪天王寺の先代朝日山墓前において力士朝日山の断髪式を挙行 | ||
1月22日 | ジョッフル元帥靖国神社参拝 | 仏国特使ジョッフル元帥が靖国神社に参拝し、花輪を捧げた | ||
1月23日 | 日比谷公園大噴水凍結 | 著しい冷え込みのため、日比谷公園の大噴水が凍結 | ||
1月24日 | 生活改善同盟会新年会 | 神田如水館で生活改善同盟会の新年会を開催。参加者は15歳以上の女性を必ず同伴のこと。 | ||
1月25日 | 平和博外国館落成式 | 上野恩賜公演で開催される平和博覧会の外国館が落成し、落成式が行われた。 | ||
1月25日 | 東京市大相撲春場所千秋楽 | 東方71章、西方93章で西方の優勝で幕を閉じた。 | ||
1月26日 | 大相撲西方優勝祝賀会 | 本所陸軍被服廠跡において、東京氏大相撲西方の優勝祝賀会が行われた。 | ||
1月26日 | ジョッフル元帥歓迎会 | 東京市主催のジョッフル元帥歓迎晩餐会が帝国ホテル大食堂で開催。 | ||
1月26日 | ジョッフル元帥歓迎観劇会 | 東京市主催のジョッフル元帥歓迎観劇会が丸ノ内帝国劇場で開催。 | ||
1月27日 | ジョッフル元帥陸軍士官学校参観 | 仏国特使ジョッフル元帥と随員が、陸軍士官学校を参観 | ||
1月27日 | 第2回全国町村長会議 | 赤坂三会堂で第2回町村長会議を開催し、教育費の増額を決議。 | ||
1月28日 | 第一高等学校記念祭 | |||
1月29日 | 日仏交歓音楽会 | 日比谷公園にて日仏交歓音楽会を開催。 | ||
1月29日 | 諏訪湖スケート大会 | 諏訪湖にてスケート大会を開催。 | ||
1月30日 | 徳川全権一行帰朝 | ワシントン会議に全権大使として参加した徳川侯爵他渋沢氏尺、神田男爵の一行がコレヤ号で帰朝。内田外相、井上神奈川県知事が出迎えた。 | ||
2月 日 | フィギュアスケート第1回全日本競技会開催 | 日本スケート会により長野県諏訪リンクでフィギュアスケート第1回全日本競技会を開催 | ||
2月1日 | 山県有朋死去 | 小田原の私邸『古稀庵』で死す。享年83歳。 | ||
2月1日 | ジョッフル元帥歓迎劇 | 丸ノ内保険協会においてアテネ、フランセの男女学生による歓迎劇を上演 | ||
2月1日 | ジョッフル元帥帝国議会衆議院参観 | 仏国特使ジョッフル元帥と随員が帝国議会衆議院を参観。 | ||
2月1日 | デンマーク公使国書捧呈 | ホストデンマーク公使が宮中に参内し、摂政殿下に謁見、国書を捧呈。 | ||
2月2日 | ジョッフル元帥山県邸弔問 | 仏国特使ジョッフル元帥が麹町の山県邸を弔問 | ||
2月3日 | 北陸線親不知列車埋没事故 | 北陸線親不知駅発直江津行き第65列車が勝山隧道西口で雪崩に遭い、1〜3両目の客車が大破し登場の妊婦2百名中百数十名が志望、30余名が重症。 | ||
2月4日 | 故山県公国葬場地鎮祭 | 日比谷斎場で国葬を執行するに当たり音羽護国寺において地鎮祭を執行。 | ||
2月4日 | 大阪市電衝突事故 | 大阪市東天満橋南詰停留場において天満橋行き414号が停車中の大江橋行き632号に衝突。乗客中重傷者6名、継承者10数名。 | ||
2月5日 | 関東学生相撲大会開催 | 両国国技館で関東学生相撲大会を開催。 | ||
2月6日 | 華盛頓(ワシントン)会議終わる 海軍軍縮条約調印 | 戦艦保有率米英5:日3 帝國海軍、八・八艦隊計画挫折 |
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2月6日 | 九ヶ国条約調印 | 英米日仏伊白葡和中 中国の主権尊重、門戸開放、機会均等を規定。 |
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2月6日 | 山東省ドイツ権益返還条約 | 旧ドイツの山東省権益を返還。 | ||
2月7日 | 故山県公霊前に勅旨 | 永田町蔵相鑑定の山県公霊前へ勅旨として清水谷侍従が遣わされる。 | ||
2月9日 | 山県公国葬墓標建立 | 音羽護国寺に棺を埋葬、墓標が建立される。 | ||
2月10日 | 普選マーク販売 | 東京市内において普通選挙賛成のマークを販売。 | ||
2月11日 | デンマークよりエクセル親王来朝 | デンマークより東洋芸術御見学のため、エクセル親王が来朝。船長を勤めるエシャ号にて横浜入港 | ||
2月12日 | エジソン博士75回誕辰祝賀展覧会開催 | 東京負傷工廠霊感においてエジソン博士75回誕辰祝賀展覧会開催。 | ||
2月13日 | 樺山海軍大将海軍葬 | |||
2月16日 | 潜水母艦『迅鯨』起工 | |||
3月1日 | 高田スキー団結成 | 新潟県高田 | ||
3月3日 | 全国水平社結成 | 水平社を中心に京都、奈良、東京、大阪等の活動者を加え全国的な部落解放運動組織として結成。 京都市岡崎公会堂において全国約三千の部落代表者が集まり創立大会を挙行 |
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3月10日 | 二等潜水艦『呂号第53』竣工 | 呂53型(L2型) | ||
3月10日 | 加藤友三郎次席全権大使帰朝 | ワシントン会議出席した加藤次席が帰朝 | ||
3月11日 | 潜水母艦『長鯨』起工 | |||
3月30日 | 未成年飲酒禁止法公布 | 「お酒は二十歳になってから」はこの日から。 | ||
4月 日 | 英国皇太子来朝 | |||
4月 日 | 日本農民組合結成 | 本邦初の農民団体 機関紙は『土地と自由』 |
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4月5日 | 北総鉄道創立総会 | 千葉県は県営鉄道を民間に譲渡する方針を決め、 野田醤油の資本を背景として北総鉄道(株)を設立。 |
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4月9日 | 日本農民組合結成 | 日本初の全国組織の小作人組合 | ||
5月 日 | 平和記念東京博覧会開催 | 上野恩賜公園で行われた博覧会。 | ||
5月9日 | 赤十字産院開院 | 下渋谷日赤病院隣に産院開院 | ||
5月12日 | ヒリッピン独立運動家来朝 | ヒリッピン独立運動のため渡米の途、上院議長以下50余命が来朝 | ||
6月2日 | 高橋内閣総辞職 | 内閣改造の頓挫と政友会内紛による。 | ||
6月7日 | 松方正義参内 | 摂政宮殿下からの後継内閣についての御下問に奉答。 | ||
6月8日 | 手塚南洋庁長官赴任 | 手塚敏郎南洋庁新長官が部下職員と共に東京駅を出発。 | ||
6月12日 | 加藤内閣成立 | |||
6月14日 | 橋本栄五郎出獄 | 原首相暗殺事件の共犯に問われた橋本栄五郎が、一審無罪の判決により出獄。 | ||
6月15日 | 大阪市蝿とりでー開催 | 大阪市衛生組合連合の主催で蝿とりでーを開催。 | ||
6月18日 | 摂政宮殿下霞ヶ浦飛行場行啓 | 摂政宮殿下が海軍の霞ヶ浦飛行場を行啓し、御前飛行を御台覧。 | ||
6月19日 | 那智丸カムチャッカ交易出発 | カムチャッカ内地へ物々交換による交易を行うべく田村少佐指揮の下那智丸が出向。 | ||
6月18日 | 久邇宮両殿下御参内 | 摂政宮殿下の御婚儀勅許により久邇宮両殿下が御参内し御礼言上。 | ||
6月21日 | 星享像除幕式 | 池上本門寺に星享像の除幕式挙行。 | ||
6月24日 | 藤田留次郎追悼会 | 二重橋橋上で爆死した藤田留次郎の追悼会を築地本願寺にて挙行。頭山満他出席。 | ||
6月25日 | 雍仁親王御成年式 | 雍仁親王御成年に達せられたるにより宮中にて賜冠の御儀式。秩父宮の御称号を御拝受なされた。 | ||
6月18日 | 東伏見宮殿下薨去 | 東伏見宮依仁親王殿下が葉山御別邸において薨去。 | ||
6月25日 | 安保海軍中将国際連盟委員会に出発 | 国際連盟委員会に参列すべく安保海軍中将が東京駅を出発。 | ||
6月28日 | 駿遠電気静岡駅前線開業 | 鷹匠町―静岡駅前間に静岡駅前線を開業 | ||
6月29日 | 科学普及館落成 | 島津忠備男爵により科学思想普及のために建設された科学普及館が落成。 | ||
6月30日 | 早川雪洲夫妻帰朝 | 国際的活動写真俳優として活躍する早川雪舟夫妻が15年ぶりに帰朝。 | ||
7月 日 | 樺太庁博物館開業 | |||
7月 | 山梨軍縮 | 大量の人員を削減するも、 近代化、経費節約はならず。 |
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7月2日 | 王子豊島新水泳場開場式 | 大日本水泳普及会により王子豊島新水泳場開場式を挙行。 | ||
7月2日 | 解剖碑除幕式 | 解剖学者主催の下、小塚ヶ原に解剖碑の除幕式を挙行。 | ||
7月2日 | デンビー米海軍卿等来朝 | 1881年米アナポリス兵学校卒業生の同窓会参加のため。 | ||
7月4日 | デンビー米海軍卿夫人歓迎会 | 三井集会所においてデンビー米海軍卿夫人の歓迎会を開催。 | ||
7月5日 | 露女学生平和博訪問 | 露ウラジオグラウオン高等女学校の生徒45名が引率職員6名と共に平和博覧会を訪問。 | ||
7月6日 | 西日本大洪水 | 関西九州地方は大降雨により洪水、被害甚大。 | ||
7月7日 | デンビー米海軍卿ペルリ記念碑見物 | デンビー米海軍卿は久里浜のペルリ記念碑を見物し、同海岸にて地引網を体験。 | ||
7月9日 | 森林太郎(鴎外)死去 | 陸軍軍医総監。医務局長。作家。 享年60歳。死因は萎縮腎と言われているが実は肺結核。 |
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7月15日 | 日本共産党非合法結成 | 第三インターナショナルと連携すべく結成。 社会主義及び共産主義の団体は結社が禁止されているため、届出を行わず非合法の秘密結社として組織された。 |
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7月23日 | 大阪府立女子師範学校他3校火災/td> | |||
月 日 | 論文無産階級運動の方向転換発表 | 前衛8月号において山川均の論文を掲載。 サンジカリズム(経済的直接行動主義)に対する批判と無産階級運動の大衆化を唱え、後の共産主義と無政府主義の決別の一因となる。 |
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8月 日 | 北海道6区市制施行 | 道内の札幌、函館、室蘭、旭川、釧路、小樽の6区で市制施行 | ||
8月12日 | 砲艦『安宅』竣工 | |||
8月15日 | 常磐線ガード工事事故 | 東京−上野間で工事中だった常磐橋際のガードが列車の振動により落下。 | ||
8月17日 | お伽クラブ瀬戸内海見学旅行 | 大阪のお伽クラブは市内小学生の海上生活団を組織し、9日間の瀬戸内海見学旅行に出発。 | ||
8月20日 | 委任統治領内地観光団来朝 | 委任統治領となっている南洋パラオ支庁管区とヤップ支庁管区の計22名が内地観光のため来朝。 | ||
8月20日 | 第1回勤労デー | 同愛会主催の第1回勤労デーが日比谷公園で開催。 | ||
8月23日 | 警視庁精勤巡査表彰 | 勤続50年の西武敏巡査75歳が堀田警視総監より表彰さるる。 | ||
8月23日 | 三校野球団入京 | 対一校戦のため参考や球団が入京 | ||
8月24日 | 大濡仏開眼 | 青島戦死者追弔の為、大阪の源正寺に大濡仏が建立され開眼供養が行われた。 | ||
8月24日 | 帝都大暴風雨 | |||
8月25日 | 国際労働会議代表団出発 | ゼネバで開催される国際労働会議参加のため代表団が神戸を出発 | ||
8月26日 | 帝都大暴風 | |||
8月26日 | 二等海防艦新高沈没 | カムチャッカ方面警備派遣中の新高が、オゼルナヤ付近で暴風により沈没。 | ||
8月28日 | 早川雪洲夫妻渡米 | 米国より帰朝していた早川雪洲夫妻が渡米。 | ||
8月29日 | ポーランド孤児第3班来朝 | ポーランド孤児第3班153名が引率のメジツローと共に敦賀到着。 | ||
8月30日 | 松平代表等出発 | 日露会議出席のため松平欧米局長と松島総領事が出発。 | ||
8月31日 | ポーランド孤児入阪 | ポーランド孤児第3版が大阪に到着し、貸切電車で収容施設へ移送された。 | ||
8月31日 | 青年団旗授与式 | 日比谷公園において東京市連合青年団の団旗授与式挙行。 | ||
8月 日 | 航空大隊改称 | 山梨軍縮に伴い、航空大隊を飛行大隊と改称 | ||
8月 日 | 秩父鉄道、新区間開業 | 行田〜熊谷間6.6kmが開業。 | ||
9月1日 | 司法受験生請願 | 在京司法受験生等が司法省に集まり試験について請願。 | ||
9月1日 | 国民党解党式 | 国民党が解党となり解党式を実施。党員は革新倶楽部に参加。 | ||
9月2日 | デブ君ことアーバックル来朝 | 米活動俳優アーバックルが東洋汽船サイベリア丸で横浜入港。デブ君はアーバックルの愛称(英語圏ではFatty) | ||
9月3日 | 馬術競技大会開催 | 青山にある陸軍大学校の馬場で馬術競技大会を開催。 | ||
9月4日 | 庭球柏尾選手帰朝 | 三菱ニューヨーク支店員柏尾誠一郎選手が帰朝。 | ||
9月4日 | アンナバヴロワ来朝 | ロシアの舞踏家アンナバヴロワが帝劇出演のため来朝。 | ||
9月7日 | 無線電話試験 | 東京の星製薬社屋にて無線電話の試験を実施。 | ||
9月8日 | 関東庁長官任命 | 外務省情報部長伊集院彦吉男爵を関東庁長官に任命。 | ||
9月9日 | 小林末吉公判 | 陸栄廷の息子と称し詐欺を働いた小林末吉の公判。 | ||
9月9日 | 国際婦人社交会設立 | 大阪にて古屋英学塾長等を中心に国際婦人の社交会として設立。 | ||
9月9日 | バヴロワ歓迎会 | 来朝中の露舞踏家バヴロワの歓迎会を鶴見花月園のホールで開催。 | ||
9月 日 | プレイガイド設立 | |||
9月10日 | 動物愛護会伝書鳩帰京 | 動物愛護会が動物愛護の宣伝のため、富士山で放した伝書鳩が日比谷公園に到着。 | ||
9月10日 | 中央気象台長帰朝 | 欧州視察外遊中だった中央気象台長中村博士が視察を終えて帰朝 | ||
9月10日 | 二等潜水艦『呂号第54』竣工 | 呂53型(L2型) | ||
9月12日 | バヴロワ尾上邸招待 | 尾上菊五郎が来朝中の舞踏家バヴロワを自宅に招待し茶の湯をもてなした。 | ||
9月 日 | 秩父鉄道合併 | 秩父鉄道株式会社が北部鉄道株式会社を合併。 | ||
9月14日 | 全日本庭球選手権大会 | 優勝は阿部、川妻両選手 | ||
9月14日 | ビーアード市制博士来朝 | 後藤東京市長が顧問として招聘。 | ||
9月17日 | フックス博士来朝 | 眼科の世界的権威フックス博士がオーストリーより観光の為来朝 | ||
9月26日 | 閑院若宮御成年 | 閑院若宮春仁殿下御成年に達せられ、賢所大前にて御成年式挙行さるる | ||
9月28日 | バールロー嬢来朝 | 世界的に有名なる女流バイオリニストバールロー嬢来朝 | ||
9月 日 | 遠軽大水害 | 家屋41戸流出、木材1万石流出、畑地51ヘクタール流出、橋梁40個破壊 | ||
10月 日 | 士幌線着工 | 帯広―十勝三股間 | ||
10月3日 | 東京市コレラ蔓延 | 千葉市より浸入のコレラが蔓延 | ||
10月4日 | 東京区長会議 | コレラ対策のため | ||
10月5日 | 第2会和光社絵葉書展覧会開催 | |||
10月8日 | 大阪瓦斯会社ガスタンク爆発 | 100立方フィートタンクが爆発、後隣接する200立方フィートタンクの一部も発火。作業中の職工数十名が重症。 | ||
10月9日 | 東京府紅鱒養殖所開所式 | 青梅に新設した養殖所の開所式を挙行 | ||
10月12日 | 松井大使一向渡欧 | 戦時法規改正委員会出席のため横浜港より諏訪丸にて渡欧 | ||
10月13日 | 立正大師奉戴式挙行 | 築地水交社にて日蓮上人の大師号奉戴式を挙行 | ||
10月14日 | 東西帝大野球戦 | 一校グラウンドにて開催。商社は東京帝大。 | ||
10月15日 | 鉄道殉職者弔魂祭 | 鉄道殉職者4321名の弔魂祭を東京駅前広場にて挙行。大木鉄相が弔文朗読。 | ||
10月16日 | 全国織物資料展開催 | 22日まで足利織物同業組合において開催 | ||
10月17日 | 武器問題問責同盟会開催 | 芝公園にて武器問題内閣不統一を糾弾 | ||
10月17日 | 第2回女子連合競技会 | 基督女子青年会主催の女子連合競技会が陸軍戸山学校において開催。女子音楽体操学校、自由学園、府立第二、頌栄高女、女子青年会、東洋家政、南葛飾高女、女子市販の8校2百余名が参加。 | ||
10月19日 | 殉職警官消防手弔魂祭 | 大阪天王寺公園武徳殿において挙行。 | ||
10月20日 | 早稲田大学40周年記念式 | 早大校庭にて挙行 | ||
10月20日 | 故早川満鉄社長帰朝 | 奉天小学校講堂にて公演中に倒れ急逝した故早川満鉄社長の遺体が東京駅に帰着 | ||
10月21日 | 十大学校対抗競漕予選 | 日本漕艇協会主催、隅田川にて | ||
10月21日 | 大阪ペスト患者続出 | 住民を鼠島に隔離して防疫処置を行う | ||
10月22日 | 十大学校対抗競漕決勝 | 早大、外語による決勝戦を行い早大が優勝。 | ||
10月22日 | 第3回女学生庭球大会 | 女子学習院コートにおいて開催 | ||
10月23日 | 東京少年マラソン大会 | スタートとゴールは牛込見付広場 | ||
10月24日 | 満鉄社長人事 | 川村竹治内務次官が満鉄社長に就任 | ||
10月25日 | 摂政殿下理化学研究所行啓 | |||
10月25日 | 秩父宮殿下少尉御任官 | 麻布第3連隊にて見習士官として御勤務中の殿下が歩兵少尉に御任官さる | ||
10月26日 | 摂政殿下所沢航空学校行啓 | 中央格納庫にて教導中隊の飛行機組立作業や各種飛行機を、気球対にて係留気球や落下傘降下の実演等を御巡覧された。 | ||
10月27日 | 皇后陛下帝展行啓 | |||
10月27日 | 大阪府立農学校火災 | |||
10月27日 | 大阪東区玉造停車場倉庫火災 | |||
10月28日 | 関東蹴球大会 | 関東蹴球選手権協議会を高等師範学校校庭において開催 | ||
10月29日 | 浦塩派遣軍指令立花大将帰国 | 宇品港へ帰着し、山田第5師団長の出迎えを受ける | ||
10月30日 | 学生発布50年祭 | 文部省主催の式典を折衝殿下御台臨のもと、東京帝大山上御殿前の式場において挙行。教育擁護同盟会は東京市内女学生を売り子としてマークを販売 | ||
10月30日 | 朝香宮殿下御渡欧 | 朝伯爵の御仮名を以って御渡欧 | ||
10月30日 | 米国職業野球団来日 | |||
10月31日 | 東京連合少年団団長推戴式挙行 | 団長は東京市長子爵後藤新平。 日比谷公園において実施。 |
||
10月31日 | 天長節祝日園遊会 | 天長節祝日夜会取り止めにつき、芝離宮にて外相主催の園遊会を開催 | ||
11月 | シベリアより撤兵完了 | 日損害 死者2千7百 | ||
11月 | 霞ヶ浦航空隊設立 | 主として、航空教育を行った。 後の予科練。 |
||
11月 日 | 国勢院廃止 | 廃止に伴い動員第一部は内閣の外局機関として統計局となる。 | ||
11月 日 | 日本労働総連名結成 | 官業労働総同盟所属組合恒常化意より分離して結成。 | ||
11月1日 | 故徳弘太無門下一絃琴会開催 | |||
11月1日 | 武蔵野鉄道 池袋〜所沢間電化 | 現西武鉄道池袋線の一分 | ||
11月1日 | 立花大将入京 | シベリア派遣軍司令官立花大将一行東京駅に凱旋。 | ||
11月1日 | 貨客船『箱根丸』竣工 | 三菱造船建造の、豪華貨客船。 欧州航路の花形客船を勤める。 |
||
11月2日 | 明治神宮奉納相撲 | 明治神宮際に伴う例年行事。 参加力士は大門岩、大錦、友の浦など。 |
||
11月3日 | 大日本赤化防止団創立 | 米村嘉一郎等が創立した右翼団体。 | ||
11月3日 | 摂政殿下明治神宮参拝 | 明治神宮祭のため | ||
11月3日 | 東京大阪間郵便飛行開催 | |||
11月4日 | 原敬元首相追悼式 | 加藤首相始め多数名士参列、増上寺において挙行。 | ||
11月4日 | 米野球団対慶應第1戦 | 芝浦埋立地において来朝中の米職業野球団と慶応大野球部との第1回戦開催 | ||
11月5日 | 東京府立第一高等女学校運動会開催 | |||
11月5日 | 全国連合オートバイ大競争会 | 東京モーターサイクル協会主催、深川区須崎埋立地飛行場で開催。第4競技の際、2台が観覧席へ飛び込み10数名負傷。 | ||
11月5日 | 極東オリムピック予選会 | 駒場農大グラウンドにおいて開催 | ||
11月6日 | 郵便飛行最終日 | 代々木の原にて中島式飛行機4機が飛行。 | ||
11月7日 | 東京大阪間郵便飛行大会 | 帝國飛行協会主催、後藤勇吉氏大成功。 | ||
11月8日 | 砲艦『嵯峨』竣工 | |||
11月8日 | 後藤東京市長陞爵祝賀会 | 後藤新平東京市長の子爵への陞爵祝賀会を東京會舘にて開催。 | ||
11月9日 | 神宮外苑定礎式 | 明治神宮外苑競技場定礎式挙行。 水野内相、徳川公爵等が参列 |
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11月10日 | 高峰博士追悼会 | 帝国ホテルにて。 | ||
11月11日 | 東京市平和記念大会開催 | 国際連盟4周年を記念し、日比谷公園にて開催 | ||
11月12日 | 摂政殿下香川県へ出発 | 香川県で行われる陸軍特別大演習御統監のため。 0945東京駅発の臨時列車にて出発 |
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11月12日 | 川村新満鉄社長渡満 | 家族の見送りを受け、東京駅を出発 | ||
11月12日 | 女子選手競技大会開催 | 東京市牛込区若松町の戸山学校トラックにおいて開催。 協議内容は低障害物競走、バスケットボール、バレーボール等。 朝香宮妃、梨本宮妃、伏見宮敦子女王、智子女王、梨本宮規子女王各殿下が台臨。 |
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11月12日 | こずゑ会「文合せ会」開催 | 書家佐藤梅園社中こずゑ会が、日本橋倶楽部において開催。 平安時代禁中にて行われた嘉会の再現とのこと。 |
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11月13日 | 大相撲春場所御免札立つ | |||
11月14日 | 新しき村4周年記念行事開催 | 武者小路実篤が経営する宮崎県児湯郡の新しき村において、誕生4周年の祝賀会が行われた。 | ||
11月14日 | 日印協会総会開催 | 飛鳥山渋沢子爵邸において開催 | ||
11月15日 | 二等潜水艦『呂号第55』竣工 | 呂53型(L2型) | ||
11月15日 | ケイ・ルーズベルト来朝 | ルーズベルト元米大統領子息ケイ氏が商用にて横浜着。 | ||
11月16日 | 専売局25周年記念祝賀会 | 上野精養軒において開催 | ||
11月17日 | 一等巡洋艦『青葉』起工 | 青葉級一番艦 | ||
11月17日 | 一等巡洋艦『衣笠』起工 | 青葉級二番艦 | ||
11月17日 | 一等巡洋艦『加古』起工 | 古鷹級二番艦 | ||
11月17日 | 弁護士試験受験者大会開催 | 衆議院広場にて旧試験制度撤廃問題について大会を開催 | ||
11月18日 | 石井駐仏大使帰朝 | 駐仏大使石井菊次郎子爵帰朝。 | ||
11月18日 | アインシュタイン来日 | 相対性理論で有名な世界的科学者アルベルト・アインシュタイン博士と其の婦人が来日。 | ||
11月18日 | 関東女子庭球選手大会開催 | 小石川佐竹町の東京婦女子師範学校校庭において開催 | ||
11月19日 | 内臓料理試食会 | 食糧問題への施策として国立栄養研究所による内臓料理の試食会を開催。 | ||
11月20日 | 家庭製作品講習会開催 | 田村松枝、彰子両氏が講師となり、京橋星製薬ビルにて3日間開催。 | ||
11月20日 | お初殺し公判 | |||
11月21日 | 女子学習院海外旅行展覧会開催 | |||
11月21日 | 消費経済展覧会開催 | 文部省主催で11月21日〜29日の間、御茶ノ水東京博物館において開催。 神戸女子高等技術学校や東京府の出品、社家料理試食会、各種講演や実演が行われた。 |
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11月22日 | アインシュタイン博士改造社長邸へ | 来日中のアインシュタイン博士と婦人は改造社長山本実彦邸へ招かれ、すき焼きを食す。 | ||
11月22日 | 樋口一葉女史27回忌 | 商大如水会館にて挙行。 | ||
11月22日 | 婦人矯風会バザー | 赤坂三会堂において2日間開催。 | ||
11月23日 | 全国自転車競走大会/td> | 本所遊園にて盛大に開催。 | ||
11月23日 | ラグビー早慶戦 | 三田グラウンドにおいて早稲田大学タイ慶応大学のラグビーの試合が行われた。 | ||
11月23日 | 徳川公爵家園遊会開催 | 公爵徳川善親の外遊からの帰朝を祝い、麻布富士見町の徳川家本低において開催。 | ||
11月24日 | 三須平司翁古希祝賀能 | 九段能楽堂において三須平司翁の古希を祝し、門下婦人によって開催。 | ||
11月25日 | 工業技術家大会開催 | 商工奨励館において開催。後藤市長の講演等。 | ||
11月26日 | 郵便飛行賞品授与式 | 11月7日に実施された東京大阪間郵便飛行大会の賞品授与式が、久邇宮殿下台臨のもと遂行者において挙行。 | ||
11月27日 | 消費経済展覧会開催 | 27日には皇后陛下行啓、28日には久邇宮良子女王殿下台臨 | ||
11月29日 | 銀座祭り | |||
11月30日 | 陸軍除隊式 | |||
11月 日 | 革新倶楽部結成 | 国民党が解党し、同志により革新倶楽部が結成された。。 | ||
12月1日 | 宇垣纏、海大入校 | 海軍大学校甲種学生22期に入校(大尉) | ||
12月5日 | 一等巡洋艦『古鷹』起工 | 古鷹級一番艦 | ||
12月10日 | 米内光政、『春日』艦長就任 | 『春日』は装甲巡洋艦 | ||
12月27日 | 航空母艦『鳳翔』竣工 | 空母としての建造は世界初 | ||
月 日 | 出火場通行権消滅 | 東京左官職組合が有していた同権が、世相の複雑化に伴う弊害により、警視庁よりの注意により取り消しとなる。 | ||
月 日 | 川越町合併 | 川越町が仙波村を合併し川越市となる。 人口約26000人 |
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月 日 | 太湖汽船新船就航 | 大型客船みどり丸就航 | ||
月 日 | 要塞整理要領決定 | 津軽海峡東口の防備を重視 | ||
月 日 | 小樽市制施行 | |||
月 日 | 小樽運河完成 | |||
月 日 | 北海道市制施行 | 北海道内の区制を廃止し、札幌、函館、小樽、旭川、室蘭、釧路に市制を施工 | ||
月 日 | 大島三原山火山活発化 | 大正11年〜12年にかけ三原山の火山活動が活発化し、爆発音、溶岩流出発生。 | ||
月 日 | 煙草専売25周年記念煙草発売 | 煙草専売25周年を記念して両切煙草かをりと口付煙草サロンが発売 | ||
月 日 | 丸瀬布郵便局開局 | |||
月 日 | 丸瀬布教授所昇格 | 丸瀬布教授所が小学校に昇格 | ||
月 日 | 日本労働総同盟友愛会改称 | 日本労働総同盟に改称し、従来の労使協調主義から階級闘争主義に転向。 | ||
月 日 | 伊東に映画館開館 | 伊豆の伊東にキネマホールが開館し、興行が盛んとなる。 | ||
月 日 | 大東館完成 | 伊豆の伊東温泉に木造温泉旅館大東館(後、いな葉)完成。 |
1923 大正12年 2583 癸亥 | 月 日 | 玉川台地区分譲開始 | 現、田園調布 | 加藤友三郎 山本権兵衛 |
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月 日 | 東瓜幕駅逓開設 | 現北海道鹿追町東瓜幕 | ||
1月 日 | 姉崎嘲風興津滞在 | 興津の東海ホテルに滞在 | ||
1月16日 | 二等潜水艦『呂号第56』竣工 | 呂53型(L2型) | ||
2月10日 | 第1回全日本スキー選手権大会開催 | |||
2月20日 | 丸ノ内ビルディング完成 | 略して丸ビル。 | ||
2月28日 | 駿遠電気社名変更 | 静岡電気鉄道株式会社に社名変更。 | ||
3月4日 | 米内光政、『磐手』艦長就任 | 濠太剌利方面へ遠洋航海に出港。 『磐手』は装甲巡洋艦 |
||
3月 日 | 北海道幾春別炭坑炭塵爆発 | 死者16名、重軽傷9名 | ||
3月 | 第2次軍備整理 | 比較的軽微な部隊の新設、改廃を実施。 | ||
3月16日月 | 日本人初の空母着艦 | 吉良俊一大尉が十年式艦上戦闘機を以て、 着艦実験に成功し、金杯賞を賜られた。 |
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4月1日 | 落語『兵隊』初演 | 柳家金語楼師匠の代表作。 昭和落語史の幕開けとなる名作である。 |
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4月1日 | 京浜電気鉄道 梅屋敷〜雑色間専用軌道開業 | 現京浜急行 | ||
5月 日 | 稚泊連絡船開業 | |||
5月4日 | 潜水母艦『迅鯨』進水 | |||
5月14日 | 陸軍航空部創設 | 陸軍航空本部及び補給部を創設 | ||
5月30日 | 歩兵射撃教範草案 | |||
6月5日 | 日本共産党検挙 | 一時壊滅状態 | ||
6月1日 | 『新世界より』初演奏 | 東京派遣所軍樂隊管弦楽員により帝國ホテルにて ドボルザークの交響曲第9番『新世界より』を日本初演。 |
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7月 日 | 銚子鉄道株式会社営業開始 | 営業区間は銚子〜外川の6.4km | ||
7月1日 | 東武、路線延長 | 荒川放水路開削に伴い、 鐘ヶ淵〜西新井間を移築して0.2km延長。 |
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7月24日 | 北総、路線譲受 | 北総鉄道が千葉県営軽便鉄道、 野田線柏〜野田町間の路線を譲受。 |
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7月30日 | 二等潜水艦『呂号第57』竣工 | 呂57型(L3型) | ||
8月24日 | 砲艦『比良』竣工 | 勢多型2番艦 | ||
8月24日 | 加藤友三郎首相死去 | 加藤内閣は総辞職。 | ||
8月30日 | 潜水母艦『迅鯨』竣工 | |||
9月1日 | 関東大震災 | 関東一府六県の被害 死9万1千・傷5万2千・不明1万3千 |
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9月1日 | 宇垣纏、海軍震災救護委員 | |||
9月1日 | 小田原電気鉄道運転休止 | 軌道線、登山鉄道共に震災のため前線運転休止 | ||
9月1日〜 | 海大一時授業停止 | 震災による校舎破壊のため。 | ||
9月2日 〜25日 | 震災救援 | 所沢飛行場より震災救援の為、飛行機を出動させる | ||
9月2日 | 山本内閣親任式 | 夜半、赤坂離宮の芝生にて実施。 | ||
9月2日 | 非常徴発令公布 | 憲法第8条により、震災被害者の救助に必要な物資、物件、労務等を徴発する。 | ||
9月2日 | 臨時震災救護事務局官制公布 | 勅令第397号。首相の管理下に臨時震災救護事務局を置く。 | ||
9月2日 | 戒厳令公布 | 勅令第398号。 同時に勅令第399号戒厳令施工区域を公布。 |
||
9月3日 | 戒厳司令部設置 | 震災に際し、関東海現司令部が設置され、戒厳令が布かれた。 近衛第一師団と、第二、第三、第十三、第十四、第十五師団の各一部が出動し、警官と協力して警戒に当たった。 |
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9月3日 | 関東戒厳司令部条令公布 | 勅令400号。 | ||
9月4日 | 救護費御下賜 | 皇室より一千万円の救護費が御下賜 | ||
9月6日 | 山本内閣閣僚人事 | 平沼騏一郎法相、岡野敬次郎文相就任 | ||
9月7日 | 流言浮説取締令 | 勅令第403号 | ||
9月7日 | 支払延期公布 | 勅令第404号 | ||
9月7日 | 暴利取締公布 | 勅令第405号 | ||
9月11日 | 輸入税免除(米穀)公布 | 勅令第407号。大正13年3月31日までの間米穀の輸入税を免除 | ||
9月11日 | 輸入税免除(生牛肉及鶏卵)公布 | 勅令第408号。大正13年3月31日までの間生牛肉及び鶏卵の輸入税を免除 | ||
9月12日 | 輸入税免除低減(生活必需品並土木建築用機具機械材料) | 勅令第411,417号。大正13年3月31日までの間生活必需品等の輸入税を免除し、貨物自動車以外の自動車及び部品等の輸入税を半減 | ||
9月12日 | 帝都復興に関する詔書 | |||
9月12日 | 納税免除猶予令公布 | 勅令第410号。被災者に対する租税の減免等 | ||
9月13日 | 仮建築物令公布 | 勅令第411号。被災地域における仮建築に対する建築物法適用の免除等。 | ||
9月19日 | 帝都復興審議会官制公布 | 勅令第418号 | ||
9月19日 | 山本内閣閣僚人事 | 伊集院彦吉外相就任 | ||
9月22日 | 物資供給令公布 | 勅令第420号。被災地における物資の供給等に関すること | ||
9月22日 | 特別会計令公布 | 勅令第420号。震災に伴う物資の供給等に関する会計に関すること | ||
9月27日 | 手形保存期間延長令公布 | 勅令第429号。 | ||
9月27日 | 帝都復興院官制公布 | 勅令第425号 | ||
9月29日 | 臨時営繕局官制公布 | 勅令第434号 | ||
9月30日 | 納税免除猶予令施行令公布 | 勅令第433号 | ||
10月1日 | 東武、新区間開通 | 坂戸町〜武州松山間の9.3kmが開通。 | ||
10月6日 | 砲艦『勢多』竣工 | 勢多型1番艦 | ||
10月20日 | 砲艦『堅田』竣工 | 勢多型3番艦 | ||
10月26日 | 近江鉄道提示株主総会 | 電力併用による電車運転議案可決 | ||
11月 日 | 草軽軽便鉄道長日向駅開業 | |||
11月5日 | 東武、新区間開通 | 武州松山〜小川町間の14.1kmが開通。 | ||
11月7日 | 砲艦『保津』竣工 | 勢多型4番艦 | ||
11月10日 | 國民精神作興ニ関スル勅書 | |||
11月15日 | 戒厳令解除 | |||
11月25日 | 二等潜水艦『呂号第58』竣工 | 呂57型(L3型) | ||
11月 日 | 水平者青年同盟結成 | 全国水平社内に結成された左派急進団体。 全日本無産青年同盟に加盟し、労働農民等創立運動にも参加。 |
||
12月 日 | 政治研究会結成 | 無産政治団体 | ||
12月5日 | 松方正義川崎別荘で療養 | 興津の川崎別荘にて翌年3月まで療養 | ||
12月10日 | 第47回臨時議会召集 | 帝都復興に関する予算及び法律案を審議 | ||
12月15日 | 青森岸壁一部竣工 | 旅客、手小荷物、郵便貨物取扱開始 | ||
12月26日 | 虎の門事件 | 難波大助が、摂政(皇太子殿下)を狙撃。 | ||
12月27日 | 北総、新区間開業 | 北総鉄道船橋線、柏〜船橋間の19.9kmが営業開始。 | ||
月 日 | 『正チャンのぼうけん』 | アサヒグラフ創刊号に収録され、其の後朝日新聞に移った。 我国ふきだし付き四コマ漫画の先駆け。 |
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月 日 | 大内宿にて葉煙草栽培開始 | |||
月 日 | 鹿部温泉亀の湯に温泉療養研究所開設 | 北海道道南鹿部温泉の亀の湯にて相良良恂が温泉療養研究所を開設。 名称は温泉委員。 |
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月 日 | 大間崎砲台工事着手 | 戦艦息吹の艦載砲を転用 | ||
月 日 | 日本スキー選手権大会開催 | |||
月 日 | 龍ヶ崎繭糸市場設立 | |||
月 日 | 五十銀行合併 | 五十銀行(土浦の元国立大五十銀行)と龍ヶ崎農相商銀行が合併 | ||
月 日 | 三角山シャンツェ完成 | 北海道の三角山に本邦初の固定シャンツェが完成し、滑走やジャンプが盛んになる。 | ||
月 日 | 紙巻煙草生産量逆転 | 紙巻煙草の生産量が初めて刻み煙草の生産量を上回る。 | ||
月 日 | 遠軽消防組ガソリンポンプ車導入 | 消防組幹部と後援会を主体として、一般からの寄付により米製ノーザン式手引大型ガソリンポンプ車1台を購入。 | ||
月 日 | 博多に上下水道完成 | |||
月 日 | 北原白秋別所温泉逗留 | 別所温泉逗留中に百数十種の歌を詠む |
1924 大正13年 2584 甲子 | 1月18日 | 大朝、100万部突破 | 大阪朝日新聞、発行部数100万部を突破。 | 山本権兵衛 清浦奎吾 加藤高明 |
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月 日 | 駿遠電気、改軌 | 軌道法による1067oに改軌、600V電車化容認。 | ||
月 日 | 草軽電気鉄道電気機関車購入 | 信越電力より中古の米ジエフリー社製電気機関車購入、改造 後『かぶと虫』の愛称で親しまれる |
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月 日 | 雑誌文芸戦線創刊 | 共産主義系雑誌。 | ||
1月 日 | 北海道歌志内炭坑瓦斯炭塵爆発 | 死者77名 | ||
1月 日 | 思想善導会創立 | 鈴木勇が創立した右翼団体。 | ||
1月5日 | 二重橋事件 | 宮城・二重橋で義烈団員の朝鮮人が、 東京に潜入し、治安妨害に及んだが、 警官に発見され爆弾三発を投擲するも不発。 |
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1月7日 | 清浦内閣成立 | 清浦圭吾枢密院議長に組閣の大命が降下。一度は拝辞の後拝命 | ||
1月10日 | 清浦圭吾、西園寺公望面会 | 首相となった清浦圭吾が興津にて西園寺公望に面会。 宿泊は水口屋旅館 |
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1月13日 | 元田肇、西園寺公望面会 | 政友会総務元田肇が興津にて西園寺公望に面会 宿泊は水口屋旅館 |
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1月14日 | 粕谷衆議院議長、西園寺公望面会 | 粕谷衆議院議長が興津にて西園寺公望に面会 宿泊は水口屋旅館 |
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1月16日 | 政友会分裂 | 清浦内閣に対する政友会の内紛により、反総裁派の山本達雄、床次竹次郎、元田肇、中橋徳五郎等以下149名が脱会して政友本党を設立。政友会に残ったものは129名。 | ||
1月18日 | 市営バス登場 | 市内2路線にフォード社製11人乗りバスを配車。 料金は1区間10銭で、円太郎と呼ばれて親しまれた。 |
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月日 | バスガール登場 | 東京市内のバスに女性車掌が乗車 | ||
1月25日 | 二等潜水艦『呂号第26』竣工 | 呂26型(海中W型) | ||
1月25日 | 二等潜水艦『呂号第28』竣工 | 呂26型(海中W型) | ||
1月26日 | 皇太子裕仁親王と良子女王、御婚儀 | 宮城内賢処にて挙行。 赤坂離宮を東宮仮御所とする。 |
||
1月30日 | 列車転覆未遂事件 | 犬養毅以下30余命が乗車する列車に対し、愛知県一宮野付近において20貫ほどの石と枕木数本を用いた列車妨害が発生。スノープラウにより石を弾き飛ばしたため、転覆を免れる。 | ||
1月31日 | 議会緊急質問と暴漢乱入 | 革新倶楽部浜田国松による前日の列車転覆未遂事件についての緊急質問が行われ、小松鉄相が答弁に上るも同事件の政府暗躍説により議会は混乱し、数名の暴漢の乱入により議会を休憩。清浦内閣は解散となる | ||
2月 日 | 草津軽便鉄道社名変更 | 草軽電気鉄道へ改名 | ||
2月 日 | 戦艦『敷島』解体 | 華盛頓海軍軍縮条約により非武装練習特務艦に転用される。 | ||
2月2日 | 炊事班廃止 | 在営年限短縮に伴い、炊事班を廃止。 代わって民間人を採用した。 |
||
2月17日 | 第2回全日本スキー選手権大会開催 | |||
2月18日 | 警察官拳銃装備 | 警視庁が警察官の拳銃携帯を実施。 一署あたり3挺、全400挺を配布した。 |
||
2月21日 | 杉浦重剛死去 | 教育家、思想家、享年70歳。 | ||
3月 日 | 海軍労働組合連盟結成 | 労働団体 | ||
3月 日 | 官業労働総同盟結成 | 東京、大阪、名古屋、八幡等の陸軍工廠、煙草専売局、八幡製鉄所他の官業労働者により組織された労働団体。政府の直接監督下にある。 | ||
3月 日 | 小林多喜二高商卒業 | 小林多喜二が小樽高商卒業 | ||
3月7日 | 阿部公房生まれる | 作家、劇作家。東京滝野川生まれ。 | ||
3月19日 | 飛行船空中爆発 | 横須賀で係留訓練を終えて霞ヶ浦へ帰港中、 茨城県相馬郡上空で爆発し、山林に墜落した。 搭乗員5名は全員死亡した。 |
||
3月19日 | 潜水艦沈没 | 潜水艦『第四三号』が佐世保港沖で、 巡洋艦『龍田』と衝突し沈没。 乗組員45名は全員死亡した。 |
||
3月20日 | 二等潜水艦『呂号第59』竣工 | 呂57型(L3型) | ||
3月21日 | 加、日本人労働者制限 | カナダ政府が日本人労働者の入国を制限。 | ||
3月24日 | 潜水母艦『長鯨』進水 | |||
3月29日 | 市電が品川停留所へ乗り入れ運転開始 | 現京浜急行 | ||
4月 日 | 行地社創立 | 猶存社の日本改造法案を受け継いで大川周明等が創立した右翼団体。 | ||
4月12日 〜5月1日 | 摂政宮台湾御視察 | 横浜港より御出帆。 | ||
5月10日 | 第15回総選挙 | |||
5月17日 | 航空学校本校改称 | 所沢陸軍飛行学校となる。 | ||
5月17日 | 陸軍航空学校分校独立 | 下志津・明野陸軍工区学校分校は、夫々下志津・明野陸軍飛行学校として独立 | ||
5月21日 | 青函航路客載車両船「翔鳳丸」就航 | 青函航路に初の青函航路客載車両船「翔鳳丸」就航 | ||
5月26日 | 米、排日移民法成立 | 帝國との関係の悪化の中で、 移民の低賃金が米人の雇用を妨げるとして制定された。 |
||
5月27日 | 戦艦『津軽』爆破 | 軍縮条約により廃艦が決定されていた。 横須賀沖合いで標的となり、 空爆、魚雷を受け公開爆沈した。。 |
||
6月 日 | 大行社創立 | 清水行之助が創立した右翼団体。 | ||
6月14日 | 築地小劇場一般初日 | 一般開場初日。定員は400人。 | ||
7月1日 | メートル法実施 | |||
7月18日 | 米内光政、『扶桑』艦長就任 | |||
7月19日 | 宝塚代劇場オープン | 3階建て、収容人数4000人。 | ||
7月31日 | 日本一周飛行成功 | 毎日新聞水上機『春風号』 23日に大阪木津川尻飛行場を出発た。 総距離4395km、33時間48分。 |
||
7月 日 | 大礼丸沈没 | 小樽―大泊連絡線大礼丸が能登呂沖で沈没し、196名が死亡。 | ||
8月1日 | 甲子園球場完成 | 日本一の広さを誇り、約6万人の観客を収容。 | ||
8月2日 | 潜水母艦『長鯨』竣工 | |||
8月4日 | 高田上職人町四・九の市再会 | 新潟県高田 | ||
8月 日 | 本州入山炭坑瓦斯炭塵爆発 | 死者75名 | ||
月 日 | 巴里五輪レスリング銅メダル | 敗者復活戦で内藤克俊選手が銅メダル獲得。 本大会我国唯一のメダル獲得者 |
||
9月15日 | 二等潜水艦『呂号第29』竣工 | 呂29型(特中型) | ||
9月17日 | 二等潜水艦『呂号第60』竣工 | 呂60型(L4型) | ||
10月1日 | 東武、新区間運転開始 | 浅草〜西新井間の10.5kmで電車運転開始。 | ||
10月1日 | 函館岸壁一部就航 | 函館駅―函館岸壁間に列車運転開始 | ||
10月25日 | 一等巡洋艦『妙高』起工 | 妙高級一番艦 | ||
10月 日 | 東京左官工業組合及交友会 機関紙『プラスター』発行(月刊) | 編集経営に若林源兵氏嘱託 | ||
10月 日 | 稚斗連絡船開業 | 北日本汽船会社によって稚内―樺太本斗間に航路開設 | ||
11月 日 | 草軽電気鉄道電化 | 新軽井沢―嬬恋間が電化完了。36.799km | ||
11月3日 | 立憲養正会創立 | 田中巴之助が創立した右翼団体。 日蓮主義を基調とした啓蒙運動を行う。 |
||
11月 日 | 仮名遣改定案決定 | 文部省臨時国語調査会にて仮名遣改定案決定。 | ||
11月10日 | 米内光政、『陸奥』艦長就任 | |||
11月16日 | ベルギー絵画展開催 | エミール・クラウ氏をはじめとしたベルギー画家による震災慰問の美術展覧会が 11月16日〜22日まで内務省社会局で開催された。 売り上げは全額震災慰問として寄贈。 25日には摂政宮同妃殿下が行啓された。 |
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11月17日 | 米駐日大使来朝 | ウツヅ米駐日大使の後任としてバンクロフト氏が来朝。 | ||
11月26日 | 一等巡洋艦『那智』起工 | 妙高級二番艦 | ||
11月26日 | 白系露人旅券申請 | ハルピンからメキシコへ移住せんとした白系露人50名が警視庁外事課へ旅券を申請。 無事に旅券が発行され、12月4日に出発。 |
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月 日 | 給糧艦『間宮』竣工 | 帝國海軍初の給糧艦 | ||
11月13日 | 大阪ホテル全焼 | 中ノ島公園の大阪ホテルが11月13日午後9時25分炊事場より出火し全焼。 | ||
11月18日 | 青森岸壁待合所使用開始 | |||
11月23日 | 歌留多争覇戦開催 | 新宿の東京ホテルにて。全国から一流の選手が参加。 | ||
11月24日 | 孫文夫妻来朝 | 北京新政府樹立のための会議へ出席の途中、日本の協力者との会見のため日本遊船上海丸にて来朝。 | ||
11月24日 | 孫文夫妻来朝 | |||
11月28日 | 摂政宮霞ヶ浦航空隊卒業式行啓 | 同日実施された霞ヶ浦湖上の爆撃演習(陸上機28、水上機10、明日とラ飛行船等)を御視察。 | ||
12月 日 | 統計局改変 | 内閣統計局となる。 | ||
12月 日 | 手宮で火薬爆発事故 | 北海道手宮で荷役作業中に爆発事故が発生。 死亡行方不明合わせて100名近くに上る。 |
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12月1日 | 宇垣纏、海大卒業、少佐任官 | 『大井』砲術長、少尉候補生実習指導官。 第1艦隊第3戦隊所属。 |
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12月24日 | 登山鉄道全線復旧 | 小田原電気鉄道株式会社(現箱根登山鉄道) | ||
月 日 | 松本-浅間間電車開通 | 長野県に松本-浅間間電車が開通。 | ||
月 日 | 川井訓導事件 | |||
月 日 | 第一回労働統計実地調査実施 | |||
12月31日 | 富岡鉄斎死去 | 文人画家、享年89歳。 | ||
月 日 | 横須賀自動車商会創立 | |||
月 日 | 足尾銅山体育会創設 | 従業員の体育振興を図る。 | ||
月 日 | 鹿部間歇泉発見 | 北海道道南鹿部温泉にて間歇温泉鶴の湯を発見。 | ||
月 日 | 神島電信局無線電話装備 | |||
月 日 | 手宮火薬爆発事故 | 死者53名行方不明者30名 | ||
月 日 | 秋水会創立 | 寺田稲二郎が創立した右翼団体。 | ||
月 日 | 快弘会創立 | 木田陸軍予備少将等が創立した右翼団体。 主に陸海軍在郷将校が加盟。 |
||
月 日 | 東京−大阪−福岡間に航空郵便開設 | |||
月 日 | 東京地下鉄道社長人事 | 野村龍太郎が就任 | ||
月 日 | 東京地下鉄道工事施行認可 | 上野―浅草間工事施行認可 | ||
月 日 | 柳河原発電所工事着手 | 日本電力(株)による | ||
月 日 | 神宮紙製造 | 明治神宮絵画館の要請で高知の中田製糸工場において神宮紙(土佐和紙)を製造 | ||
月 日 | 和種薄荷「あかまる」品種化 | 在来種の薄荷から選別され品種化 |
1926 大正15年 2586 丙寅 12月25日〜 昭和元年 | 1月10日 | 能楽「春日龍神」上演 | 九段能楽堂において寶生重英とその一門により能楽「春日龍神」を上演。 同曲の上演は約80年ぶり | 若槻礼次郎 |
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1月12日 | 支那司法制度調査委員会開会 | 関税会議に関連して開会。我国からは日置大使が委員として参加 | ||
1月15日 | 京都学連事件 | 初の治安維持法検挙者は、全国社会化研究会の学生 | ||
1月16日 | 箱根登山電車脱線事故 | 箱根登山鉄道宮ノ下温泉村小学校前の急勾配で5号電車がブレーキ故障により脱線転落。乗客17名死亡、13名重症 | ||
月 日 | 函館水上警察署庁舎新築 | |||
月 日 | 青森市営バス運行開始 | |||
1月19日 | 本邦初の病院飛行機完成 | 本邦初の病院飛行機が完成し、所沢飛行場で試験飛行を実施。機体は全金属製の低翼単葉機。 後藤子爵が試乗。 |
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1月20日 | 新型電話機設置 | ダイヤル自動交換式電話機を設置。 | ||
1月24日 | 隅田川寒中水泳大会 | 水道端修養塾で高齢の寒中水泳を実施。女子部員12名参加 | ||
1月26日 | 臨時首相代理氏名 | 加藤首相の体調悪化に伴い若槻内相を臨時首相代理に指名 | ||
1月28日 | 加藤首相薨去 | |||
1月29日 | 憲政会総裁就任 | 加藤総裁薨去に伴い若槻臨時首相代理が第2代総裁に就任。 同日組閣の大命下る |
||
1月30日 | 若槻内閣成立 | 首相及び内相を兼任とし、其の他の大臣は留任。 | ||
1月 日 | 日本労働組合総連合結成 | 自由連合主義を掲げた関東の機械労働組合連合会と関西の大阪鉄鋼組合が合同して結成。 | ||
2月5日 | 朝鮮牛移入停止区域の緩和 | 防疫措置による牛肺疫の沈静と、繋留検疫の延長等に伴い大正14年農林省令第27号を改正。 制限区域を平安北道又は咸鏡南道長津郡上南面、中南面新南面若は舊邑面に改める。 |
||
2月11日 | 建国会創立 | 赤尾敏が国家主義を標榜して創立した右翼団体。 | ||
2月 日 | 全日本スキー大会開催 | 開催地は南樺太豊原 | ||
3月 日 | 小樽市にソ連領事館開設 | 場所は小樽市潮見台長 | ||
3月 日 | 労働農民結成 | 無産政治団体 | ||
3月10日 | 鶴見臨港鉄道開業 | 貨物専用鉄道として浜川崎―弁天橋間、大川分岐―大川間開業。後の鶴見線 | ||
3月31日 | 一等巡洋艦『古鷹』竣工 | 古鷹級一番艦 | ||
4月 日 | 日本農民組合分裂 | 左右両派の対立の結果、右派が脱退して全日本農民組合同盟を結成。 日本農民組合は労働農民等と協調し、日本共産党の指導を受ける。 |
||
4月 日 | 第1回高田観桜会 | 新潟県高田 | ||
4月10日 | 鶴見臨港鉄道石油支線開業 | 安善―石油間開業 | ||
4月22日 | 幼稚園令公布 | |||
4月27日 | 近江鉄道定時株主総会 | 自動車事業兼営の為の定款改正可決 | ||
4月30日 | 二等潜水艦『呂号第64』竣工 | 呂60型(L4型) | ||
5月 日 | 近江鉄道新社長就任 | 小林吟右衛門社長辞任に伴い広野織造が社長就任 | ||
5月 日 | 北海道初のメーデー | 小樽にて北海道初のメーデー開催 | ||
5月20日 | 秩父宮殿下アルプス御登山 | 英国留学中の秩父宮殿下が、アルプス山に御登山なされる。 | ||
6月19日 | 佐藤清吉楽長渡欧送別演奏会 | 佐藤清吉楽長渡欧送別演奏会で 海軍軍楽隊を主体に「合唱つき」を演奏。 |
||
6月30日 | 二等潜水艦『呂号第65』竣工 | 呂60型(L4型) | ||
7月3日 | 袖師臨時停車場設置 | 袖師海水浴場利用者のため、東海道線興津―清水間にに袖師臨時停車場を開設 | ||
7月20日 | 一等巡洋艦『加古』竣工 | 古鷹級二番艦 | ||
7月20日 | 一等巡洋艦『青葉』竣工 | 青葉級一番艦 | ||
7月20日〜 9月30日 | 鬼熊事件 | 千葉県香取郡久賀村において岩淵熊次郎が情婦である上州屋おけいを撲殺、おけいと寅松を取り持った菅澤種雄宅を放火、柳橋信一と通じた情婦高橋はなを信一方にかくまった岩井長松を殺害して逃走、闘争中に消防手菅澤直吉、同栄助、追跡した小茂刑事に重傷を負わせて山中に潜伏。さらに自分を裏切った関係者の殺害を狙ったが大規模な捜索、警戒の前に果たせず、9月30日未明先祖の墓前において服毒の上剃刀で喉を切って自殺した | ||
月 日 | 海軍労働組合連盟結成 | 労働団体 | ||
8月 日 | 草軽電気鉄道新区間開通 | 嬬恋―草津前口間が開通し営業開始。11.867km | ||
8月1日 | 青函航路で手荷物車、郵便者の航送開始 | |||
8月1日 | 全日本無産青年同盟結成 | 合法団体として結成 | ||
8月6日 | 日本放送協会設立 | 現NHK。 | ||
8月18日 | 秩父宮殿下アルプス山頂を極める | 再度のアルプス登山を敢行なされ、ウエッテホルンの頂上を極められる。 | ||
8月 日 | 樺太第1回全島陸上競技大会開催 | 南樺太豊原にて開催 | ||
8月 日 | 開放連盟結成 | 全国水平社内の水平社青年同盟と対立関係にあった無政府主義派が青年同盟に対抗して結成。 | ||
9月 日 | 草軽電気鉄道全線開通 | 草津前口―草津温泉間が開通し営業開始。新軽井沢―草津温泉間、55.5kmの全線が開通する。 | ||
9月5日 | 根古屋線、新区間開通 | 小川町〜根古屋間の4.3kmが開通。 石灰石の搬出用の貨物線だった。 |
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9月11日 | 秩父宮付松平慶民事務官渡英 | 皇后陛下からのご信書を捧持し、エンプレス・オブ・カナダ号で渡英 | ||
9月13日 | 政友会最高幹部会開催 | 朴烈事件について、青山の田中総裁邸において政友会最高幹部会を開催 | ||
9月13日 | 第1回謙信公祭開催 | |||
9月15日 | スエーデン皇太子貝塚発掘 | 来朝中のスエーデン皇太子が松村博士の案内で千葉の貝塚を発掘。 | ||
9月16日 | 清浦元首相支那満蒙視察 | 清浦元首相は貴族院議員藤村義朗男爵を伴い支那満蒙の視察に向かう。 | ||
9月17日 | 帝国発明協会第2回表彰式 | 丸ノ内保険協会において帝国発明協会第2回表彰式を開催し、120名を表彰。 | ||
9月18日 | 清野復興局長官告別式 | 従三位勲一等清野長太郎復興局長官の告別式が青山日本青年会館において執行された。葬儀委員長は浜口内相。 | ||
9月20日 | 徳川侯爵南洋視察 | 徳川頼貞侯爵が蒲田栄吉らを伴い南洋視察へ | ||
9月23日 | 山陽線脱線大事故 | 22日東京発の下り一二等特別急行第1列車が、安芸中野駅を出た直後に脱線した。 機関車は脱線後70m進んで転覆、欠号車オニ27872及び1号車オニ27880の手荷物車並びに2号車スロネ28504、3号車スロネ28502及び4号車スロネ28501の2等寝台車が粉砕。5号車スロ29006の2等車が半壊し、死者35名負傷者37名を出した。 事故原因は脱線地点のレール基面が流出して脆弱になっていたことで、列車が木造車両の編成であったことが被害を拡大させたとされる。 尚、機関車は神戸鉄道局の神戸機関庫所属C51178号(旧28777号)で、後に修復され、神戸機関庫廃止後は梅小路機関庫に配置された。 |
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9月25日 | 片岡蔵相新任披露茶会 | 南州庵において | ||
9月 日 | 富山城址保存ニ関スル建議書 | 富山県史蹟名勝天然記念物調査会から富山城址保存ニ関スル建議書が提出される | ||
10月2日 | 荒井枢密顧問官親任 | 逝去した目賀田枢密顧問官の後任として荒井賢太郎が枢密顧問官に親任され、東宮御所に於いて親任式挙行。 | ||
10月2日 | 芳澤支那公使帰任 | 賜暇帰朝中だった芳澤支那公使が帰任のため東京駅を出発。 | ||
10月3日 | 明治神宮外苑竣工奉献式挙行 | 摂政宮殿下台臨の下、聖徳記念絵画館前広場において奉献式が挙行された。大正5年の着工から竣工までに10ヶ年余の歳月と830余万円が投じられた。 | ||
10月5日 | シャム国文部大臣来朝 | シャム国文部大臣ダニー親王殿下と御妹シプハン内親王殿下が教育制度視察のため来朝。 | ||
10月13日 | 英国大使館放火事件 | 門野光三郎が英国大使館に放火するも、直に消し止められる。門野は神戸にて自首し、東京へ護送さる | ||
10月14日 | 秩父宮殿下オックスホード大学御入学 | |||
10月16日 | 早速前蔵相告別式 | 勲一等早速整爾前蔵相の告別式が官邸において執行された。 | ||
10月20日 | 若槻首相主催金融問題協議 | 若槻首相が来朝中のニューヨーク・クローンローグ協会ストラウ、高橋是清他銀行家を生じて金融問題を協議。 | ||
10月21日 | 長慶天皇の御在位御確認 | 八代國治文学博士の研究に基づき長慶天皇をご歴代中に加え奉ることとなり、詔書が下された。 | ||
10月21日 | 皇室陵墓令、国葬令制定 | 皇室陵墓令が皇室令で、国葬令が勅令で制定された。 | ||
10月22日 | 大阪府殉職警官及消防職員弔魂際 | 天王寺公園武徳殿において中川府知事以下名士多数参列の元挙行された。 | ||
10月23日 | 大阪市役所新庁舎完成 | |||
10月24日 | 立松元判事怪写真事件声明発表 | |||
10月25日 | 青森操車場完成 | |||
10月25日 | 仏ド・ラ・サル婦人来朝 | 皇太子妃殿下への仏語教授のため招聘されたド・ラ・サル婦人が神戸到着 | ||
10月27日 | 伏見宮敦子女王降嫁 | 伏見宮第2皇女敦子女王が清棲幸保伯爵へ降嫁し、結婚式挙行 | ||
10月28日 | 近江鉄道が宇治川電気の経営に | 林安繁社長就任 | ||
10月29日 | 第3回明治神宮体育大会開催 | 神宮外苑及東京市内各競技場において18種目の競技会を開催。会期は1週間 | ||
10月31日 | 菊花デー開催 | 大阪難波演舞場で菊花女学院職員生徒による菊花デーを開催。菊の造花を販売し、売り上げは社会教育児童愛護運動に寄付 | ||
10月25日 | 大阪市美術協会第3回美術展覧会開催 | 天王寺公園勧業館に於いて大阪市美術協会主催の第3回美術展覧会を開催。会期は翌11月15日まで | ||
11月1日 | 太平洋学術会議開催 | 太平洋地域各国の科学者が一同に会し、学術会議が開催された | ||
11月 日 | 日本プロレタリヤ芸術連盟結成 | 日本プロレタリヤ文芸連盟を共産主義者が発展解消させて結成。 | ||
11月 日 | 労農党支持連盟結成 | 水平社青年同盟により組織され、無産階級解放運動に進む。 | ||
11月17日 | 一等巡洋艦『衣笠』竣工 | 青葉級二番艦 | ||
11月17日 | 近江鉄道新区間免許申請 | 米原線(彦根―米原間)免許申請 | ||
11月12日 | 記念艦三笠誕生 | 三笠保存記念式(摂政宮殿下ご臨席)、 以後「記念艦三笠」と呼称する。 |
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12月1日 | 米内光政、軍令部第3班長 | 軍令部第3班長に就任。 | ||
12月7日 | 大正16年の漂流船 | 鮪漁船『良栄丸』、調子沖に向け銚子港を出港。 | ||
12月12日 | 青函航路純車両渡船「第一青函丸就航」 | 青函航路初の純車両渡船 | ||
12月12日 | 大正16年の漂流船 | 機関故障により航行不能におちいる。 帆走を試みるも風向き悪く、黒潮に流され漂流す。 |
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12月16日 | 大正16年の漂流船 | 5、600トン級の日本貨物船を発見するも其のまま通過。『良栄丸』はさらに沖へと流される。 | ||
12月 日 | 日本共産党再結成/td> | 佐野学、市川正一等10数名により、山形県五色温泉にて秘密裏に創立大会を開催。 | ||
月 日 | 全国黒色青年連盟結成 | 無政府主義系思想団体。 機関誌黒色青年を発行。 |
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月 日 | 全国労働組合自由連合会結成 | 無政府主義系労働団体。 | ||
月 日 | 日本労農党結成 | 日本労働総同盟の中間派や日農の一部構成員が中心となり日本労農等を結成。 これらの分裂構成員の指導的立場にあった日本鉱夫組合以下数組合が総同盟より統制を乱したとして除名された。 |
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12月 日 | 日本労働組合同盟結成 | 日本労働総同盟から除名された日本鉱夫組合他によって結成。 | ||
月 日 | 駿遠電気、改軌・電化完成 | 森町太田川橋橋梁完成、秋葉線の改軌・電化完成。 | ||
月 日 | 八木アンテナ | 八木秀治が電波指向方式アンテナ(八木アンテナ)を発明し、特許を得る | ||
月 日 | 東洋レーヨン株式会社新工場建設 | 滋賀県膳所町と石川村に建設 | ||
月 日 | 東洋紡績株式会社新工場建設 | 滋賀県堅田町に建設 | ||
月 日 | 足尾の馬車鉄道廃止 | ガソリン気動車となる | ||
12月22日 | テイネ・パラダイス・ヒュッテ完成 | 本邦初のヨーロッパスタイルの山小屋。 丸太組み2階建ての純スイス式スキーヒュッテ。 命名は北大スキー部長大野清七教授。 |
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月 日 | 七生社創立 | 上杉博士が東大新人会に対抗して創立した右翼団体。 | ||
月 日 | 思想善導会改称 | 思想善導会を勤皇連盟に改称。 | ||
月 日 | 国本社創立 | 平沼麒一郎等が国民精神を涵養し、国本を培養し国体の精華を顕揚するため創立した右翼団体。 | ||
月 日 | 大谷石材鉄道株式会社定款定まる | |||
月 日 | 別所温泉大湯源泉工事完了 | 大湯源泉の温泉を分湯して大湯の旅館に内湯が入る | ||
月 日 | 別所温泉入札 | 温泉の入札が行われ、石湯2,070円、久我湯730円、大師湯1,175円、大湯1,859円、玄斉湯305円 | ||
月 日 | 別所時報創刊 | 別所村青年会による月間新聞 | ||
12月 日 | 北海道茂尻炭坑瓦斯爆発 | 死者10名、重軽傷3名 | ||
12月25日 | 大正天皇御崩御 | 後、追称として大正天皇となる。 |