一関市内に江戸時代から続く酒蔵。 社名の「世嬉の一酒造」は大正時代に閑院宮載仁親王殿下が同社を訪れた際に命名されたもので、 「世の人々が喜ぶ酒を造りなさい」との意味が込められている。(社名変更は昭和32年) 酒造りは現在別の場所で行われているが、かつての酒蔵などを資料館やレストラン等として公開している。 仕込蔵(大正7年築) 屋根の構造にトラス構造を導入したことで、従来より間口や高さの大きい土蔵の建築を可能とした。 建築時には東北随一の大きさを誇った。 現在は資料館。 精米所(大正7年築) 塩釜石(砂岩)で造られた蔵で精米から洗米、蒸しを行うのに使用された。 現在はレストラン。 仕込桶(大正8年製) 大正8年から使用された深さ6尺の仕込桶(通称六尺桶)。 杉の厚板(1寸5分)で造られ、直径は約1.8mある。
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